ミュージックウェブマガジンばんび
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ミュージックウェブマガジン "ばんび"は、ジャンルを超えて音楽を楽しみたいと考えるGROOVE SITEです。
ばんびのアンテナに引っかかってきたミュージシャンを、ピンで解剖(紹介とも言う)しようというこのコーナー。
第15回目のゲストはライヴハウス、ストリートと精力的に活動しているヴォーカリスト、Daizoさん。
やんちゃな外見、本人もそう言うし……と、正直ちょっくらびびってましたが、どうしてどうして。ばんび隊の失礼な質問も笑顔でかわすオトナでした。

その15. Daizo

―ご出身はどちらですか。
群馬です。桐生。一昨年の12月ごろこっちに来たんですよね。それまでは向こうで活動してました。

―どんなお子さんだったんでしょう。ステージ・パフォーマンスを拝見する限り、かなりやんちゃなイメージですが。
やんちゃでしたね。ふふふ。

―生傷耐えないタイプ?
そうですね。ガキの頃はバイク乗って遊んでましたね。

―一応聞いてみますけど、それって高校生の頃?
親父がポケバイ持ってて。だから4歳くらいから乗ってました。

―そりゃえらく高級な玩具ですね。
遊ばせていただいてました(笑)。
―ご兄弟はいらっしゃるんですか?
下に3人妹がいます。
―完全な女系家族ですね。
そうですね。俺が出てきちゃったから今親父ひとりですね。

―だからお父さんが構って遊んでくれてたんでしょうかね。
ああ、それもあるでしょうね。俺以上に親父はやんちゃな感じですから。何でもやって何でも出来る、みたいな。起用で凝り性。


―その血は流れてる感じですか。
流れてると思いますよ、やっぱ。B型同士で(笑) 。

―やっぱりB型なんだ(笑)。発してる雰囲気がB型(笑)。音楽もお父さまの影響で?
音楽はうちの母親がピアノが凄く好きで。子どもの頃やりたかったんだけどやらせてもらえなかったからって、大人になって自己流ではじめたんですよ。うちにピアノがあったから俺もやってみたいと思って 。
―最初に触れた音楽がピアノですか。いい環境ですね。
ですね。有り難いっすね。
―それは何歳くらいの頃?
7歳です 。
―真面目にやってた?
やってました……ね。でも、うーん……(笑)。中学の後半くらいになって違う遊びを、それなりに、あまりよろしくないことを(笑)。それで練習しなくなってしまって 。
―でも結構長く続いてますね。
そうですね、7〜8年くらいは 。
―小学校時代はどんな感じでした?
悪がきというか、やんちゃというか(笑) 。
―中学時代は悪かった?
部活が好きだったんで、真面目にやってましたよ。バスケットボール。 ―中学生の部活って、当たり前のように毎日あるじゃないですか。他のことする暇ないですよね。
あー、でも全く勉強はしなかったんで(笑)。1回も勉強したことなかったです。部活は好きだから続きましたけど。好きなことは熱心にやるんで。

―それだけ部活に打ち込んでるのに、悪さをしているゆとりはどこにあるんですか。
部活って3年の夏ごろには終わるじゃないですか。そこから矛先が変わっていっちゃって。

―それで何を始めたんですか? 音楽?
そうですね……すぐに。その前に、小学校4年くらいのときに、うちのお祖父ちゃんが音楽やってて、ギターで飯食ってた人だったんですけど、倉庫にあったギターを引っ張り出してきてくれたんですよ。そのときはやっぱりFが押さえられなくて。手がちっちゃいから(笑)。

―Fコードは大いなる壁ですよね(笑)。
そうそう、「こんなん、出来るか!」って(笑)。それまでピアノで育ってきてたから、ロックが大嫌いだったんですよ。で、中3のときにBOΦWYとかあそこらへん聴いて、「ああ、やっぱギターって格好いいな」って思ったのがギター始めたきっかけです。―それまでロックに触れずにきて、どこでロックに入ったんですか? テレビ……じゃないですよね、
BOΦWYはもう解散してたし。
布袋さんから入って。布袋さんはテレビでギター弾いてる姿見て「かっこいいな〜」って。ギターなんて全然知らなかったんですけど。初めにギターの音が入ってきて、それが格好いいって思ったんですよね。あの歪んでるギターの音が。布袋さんのソロを聴いて、遡ってBOΦWY聴いて。それから日本のバンドはかなり聴きましたね。
布袋さん好きって言いながら、やってる音楽全然違いますけどね(笑)。
―でもそうなると、もうすぐにでもエレキが持ちたい訳ですよね。
そうですね。うちの親父が自営業やってるんで、そこでバイトさせてもらってエレキ買いました。そのときはやっぱりギタリストになりたいなって。
―最初のコピーはやっぱり布袋さんなんですか。
そうです。布袋さんコピーして。難しかったけど本当に好きだったから頑張りましたね。B型なんで凝っちゃうんですよ(笑)。そのあと直ぐにオリジナルやってみたいって。2台ラジカセ繋いで、録って重ねて。
―それがまだ中学生の頃?
中学の終わりくらいですね。
―バンドやろうってならないんですか?
やりたかったけど。他の人の話聞くと中学の頃からバンドやってたりするんですけど、俺の中学ってやってる奴がいなかったんですよ。だからそういう話はしないし、学校では。高校行ったら組みたいって思ってて。
―ところで、どんな悪さをしてたのか聞いておこうかな(笑)。
それはまあ、色々(笑)。
―DAIZOさんのお話伺ってると、いい先生もいるし、学校が嫌いって印象は受けないんですけど。
学校は嫌いじゃなかったですよ。勉強が嫌いなだけで(笑)。

―学校を辞めて、解放感がありましたか? それとも、拠りどころがなくなっちゃって焦りが出ましたか?
両方ですね。

―そのときって先のことって考えてました?
んー、根拠のない自信だけはあったんで(笑)。絶対に音楽でやっていけるって思ってました。バンド始めて直ぐにオリジナルもやるようになって、ライヴも何度かやったら。
取り敢えずバイトして。いちばん最初にやってたバンドって、メンバーも中学からバンドやってたりしてたんです。そうしたら他からも声をかけられるようになって。紹介してもらった相手と「ちょっとやってみようよ」って。

―そのときはまだギタリストだったんですか。
そうです。ギター以外をやろうなんて全然思ってなかったし。
―最初のバンドはどれくらい続いてたんですか。
半年くらいですかね。やっぱり遊び半分でやってる感じがあったんで。そのあとに組んだバンドは頭からオリジナルやって、直ぐにレコーディングして音源化して。
―それって17歳くらい?
17ですね。
―行動力ありますね。
行動力だけは(笑)。地元のインディーズショップの店長さんが結構気に入ってくれて、バックアップしてくれて。
―じゃあ、バンド活動しながらバイトして。
そのときは……最初バイトで入ったんですけど何故か(笑)。料理も凄い好きなんですけど、そのときってでっかい弁当工場にいたんですよ。そうしたら、いつの間にか工場内をまとめる役になってしまって。周りおばさんばっかりで、「そんなん、まとめられるか」って思ってましたけど(笑)。
そのバンドがティアリスっていう、結構ビジュアル系ですね。曲作りしてていちばん大事にしてるのはメロディなんですけど、如何にメロディが綺麗に引き立つかって考えてました。最近、俺って何が好きなんだろうって考えてみたんですけど、歌謡曲なんじゃないかなって。それでサウンドはギターが好きだったから。だからBOΦWYなのかな。
―DAIZOさんにとって、詞を書く、曲を書くっていうのは、何を表現したくてやっている行為なんでしょう。
俺の中の言いたいこと、ですね。自分が満たされているときはあんまり書けない。苛立ったりとかネガティヴなときのほうが書けますね。考えてみたら俺、恋愛の詞って殆ど書いてないな。
―そのバンドは長く続いたんですか?
3か月。
―短っ!
人間性はゼロの状態で始めたから、音源出して、ライヴ4〜5本くらいやって、地元のティーンズ・ミュージック・フェスティバルみたいなのに出て。市だけの大会なんだけど、そこでベスト・ギタリスト賞貰って満足しちゃったんですよ(笑)。ドラムの子とはいつも喧嘩ばかりだったし。
その頃、今度はドラムを始めてて。そうしたらドラムが楽しくなっちゃって。ギターより面白くなっちゃって、練習用のパッド買って仕事以外は全部ドラム。仕事も昼休み1時間帰ってきて練習して。
―そのときはバンドはお休みですか。
んー、俺ひとりで何か出来ないかなって思いはじめて。多重録音で、1本テープ出そうと思って。で、レコーディングしたんです。俄仕込みの全部独学だったんで、そのときお世話になってた楽器店の店長さんに「こんなもん、出すんじゃねえ!」って怒られて(笑)。そこで初めて人からお金を取るってことを考えたんですよね。そのときにちょっとソロやりたいなって思ったんですけど、実力はまだまだだって自分でも判ってたし。最初にやってたバンドの子が「凄く上手いヴォーカルの子がいる」って。じゃあ、その子と一緒に、ギターでやろうって組んだんですよ。でもそのバンドも……半年くらいですね―DAIZOさんとしては、早くバンドを固めたいって焦りがあったんでしょうか。だって、同年齢くらいの人って、そこまでまだ考えてないでしょう。
ああ、温度差はありますよね。出来る限りのことはやりたいなって。そのバンドでは初めてラジオに出てみたり。まあ、それ解散したあたりってプライベートでも色々あって。



―そう言われると「女性問題?」って突っ込み入れたくなりますね(笑)。
ははは。それを解散したのが18、9歳で。ちょうど土方のバイトとかしてたんで、そっちが忙しくて少し音楽から離れてました。ギター弾いたりはしてましたけど、曲を作ったりしなくなって。家建てるのが楽しかったんですよ、音楽やってるより(笑)。
―新しいこと始めると熱中しちゃうタイプなんですね。
そうですね。凝っちゃうんです。
ドラムもやってギターもやってベースもやってピアノもやってってなったときに、何をやってないんだろうって思って。なんで今までバンドやっても続かないんだろうって考えて、そこで初めて、自分が書いた詞を人に歌わせてるからじゃないかって思ったんです。じゃあ、少し歌練習しようかなって。そしたら今度は歌でバンドやりたいなって。そう思ったのが19歳の後半ですね。それでバンド組んで、ライヴもぽんぽんやって音源も作って。自分のやりたいことがやれてるなって漸く思えました。地元でもプロになりたいって思っている奴らと組んで。
―楽器を全部一通りやったあとで歌に行くっていうのも凄いですね。
中学くらいまでは人前で歌をうたうなんて冗談じゃないって思ってました。カラオケにも一切行かなかったし。一度自分の声ってどんななんだろうって録音してみたら、河村隆一に似てるなって(笑)。で、友だちとカラオケ行って思い切って歌ってみたら「いける!」って思えて。それからですね、歌に興味を持ったのは。まだそのときは「やろう」までは思わなかったですけど。
それでそのバンドで1年間やって、改めて考えてみたら本当にやりたいのはソロだったんですよ。
―楽器を一通りやってきちゃうと、一緒にやってるそれぞれのパートに対する要求度も高くなりそうですね。
ああ、それはありました、正直。
―それが拗れた原因ではないかと思うんですが(笑)。
それはその通りです(笑)。それで1枚音源を自分で作って。やっぱり自分なりにやれることはやったっていう気になりました。そのあと立て続けにもう1枚出して、「ああ、俺はもうバンドやらない、ソロでやっていこう」って。そこから現在に至る感じですね。
―でもそれだとライヴは出来ないですね。
そうですね。その頃は本当に音を組み込むという作業が好きで。軽〜く引きこもりですよね(笑)。その2枚めを出したあと、地元でこれ以上何をやるんだろうって考えたんですよ。前やってたバンドのメンバーのひとりと「このままじゃやばいよな」って話してて。じゃあ、何でもいいから取り敢えず東京に行こうって。本当にそれだけで。
CD出して、上京記念に1度地元でライヴやりたいなって、初めてソロでやったんです。ホームページにも音源のせて聴けるようにしておいて。そしたら、大塚Red-Zoneの社長さんがたまたま聴いて。で、社長が「一度出てみないか」って。で、上京してRed-Zoneで先ずライヴやって。社長さんに気に入ってもらって事務所を立ち上げてくれるという話になって。「一緒にやっていこう」って。
―今のサポートの皆さんは錚々たる方々ですよね。
出はじめて2ヶ月くらいは、ひとりでアコギ持ってやったりしてたんですけど、社長さんがいろんな方を紹介してくれたんです。それで漸くバンドスタイルに持っていけて。それから何回かライヴをやらせていただいて。メンバーも変わって今の顔ぶれになったんです。
―この先どういうことをやっていきたいって考えてます?
それはもう色々。初ワンマンがきっかけになっていろんなことを考えるようになりました。今出来ることをやっていくだけではあるんですけど。試行錯誤の途中です。
ソロ始めたころからのテーマがあるんです、「無窮」っていう。永遠っていう意味ですね。本当に人が好きなんで、ストリートとかやってても、人に出会うっていうのが大切なんです。そうやって人の笑顔に出会いたいなって。
 
 
 


[ Daizo オフィシャルHP ] http://daizo.web.infoseek.co.jp/mukyuu.html

interview : t_in


Daizo
1月8日群馬県出身。17歳からバンド活動をはじめ、2002年よりソロで活動中。

... Live Infomation ...
8.15 (月) 大塚RED-Zone
8.20 (土) 池袋西口公園・
特設ステージ
8.27 (土) 大塚 Red Zone
9.23 (金) 大塚 Red Zone
10.22 (土) 大塚 Red Zone
ワンマン
... CD Infomation ...
FUZZ!! CD
【般若笑島】

05.3.20release
1000yen (tax in)
CBDMS-002
CRYSTAL BIG RECORD
 01.般若笑島
 02.オトギの裏
 03.FREE DANCE
 
TABOKUN
加納 望
Maggy
曽我将之
Shizuwo
Kouhei
大村孝佳
RYOHEI
太三
YUNA
DAISUKE
築山朋式
RYO
Daizo
長谷志恩
吉田好宏
若井望
澄田啓
榊原秀樹
耕史朗

 

   
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