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―中学校の文化祭では何をやったんですか。
RCとか。高校になると各地からツワモノが揃ってくるじゃないですか。そうすると自然にバンドが出来るんですよ。
雰囲気もそういう感じだから。ARBとかコピーしてたよ。ああいう時って盛り上がるんだよね。なんか知らないけど。
―オリジナルはやってなかったんですか?
だってプロになろうとか思ってなかったからね。

―そうなんですか?
普通に考えてさ、音楽で食えると思わないじゃん? ただやっていくうちに凄いのめり込んじゃったんだよね。
高校に入って色んな友達から刺激受けて段々これでやっていきたいなって思うようになったよね。バンドの腕も上達してくるとさ。

―バンドでデビューしようとかは思わなかったんですか。
なんかね、その頃から個人的主義なところがあったらしくて、バンドで云々というよりどっかで俺どうしようっていうのがあるみたい。
―そこからDe+LAXへはどうつながっていくんですか?
高校中退して画の学校に通っている友達が出来て、ANARCHYとかAUTO MODとかのスタッフやっているやつとバンドやるようになって。
そん中に正美さんのローディーの子がいて「今De+LAXっていうバンドあんだけど、オーディションしてみない? 」って。
だから自分でバンドこしらえてとかじゃなくて、俺個人でそこにバンドがあってそこに飛び込んだっていうか。
でもGEENAは自分で作ったんだけどね。ルーツオブロックって言うか、自分が影響を受けた核の部分ていうのを表現したかったんだよね、ストレートなものを。
De+LAXは構築したものだから、逆に音楽に対しての初期衝動を凄く表現したくて。解散してカリキュラになっていくんだけど、全部1回1回ジャンルを区切っているんだよね。
―そうですね。
同じことを長年やるっていうのも美なんだけどさ、日々成長しているっていうか流れがあるからさ。同じ流れになりたくないんだよね、常に。
核はずっと同じで自分なんだけど、もっと音で遊べるんじゃないかなって。遊ぶまでいってないけど、俺は。
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