ミュージックウェブマガジンばんび
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ミュージックウェブマガジン "ばんび"は、ジャンルを超えて音楽を楽しみたいと考えるGROOVE SITEです。
ばんびのアンテナに引っかかってきたミュージシャンを、ピンで解剖(紹介とも言う)しようというこのコーナー。
第21回目のゲストはソロ・プロジェクトBLACK HEARTを展開する耕史朗さん。
渋い渋いとは聞いていたが、ホントに渋いぜ! 先ずね、声が渋い。笑い方も渋い。時折覗くお茶目な感じがお汁粉に添えられた塩昆布のように利いているぜ! ……喩えが下手でスイマセン。

その21. 耕史朗

―長崎って、観光地周辺のイメージが強いんですけど、どんなところで育ったんですか?
思案橋っていう、ちょっと飲み屋街みたいなところなんですけど、そこで。長崎市内で言うと、割と都会というか。

―ご自宅がご商売していらした?
そうです。

―じゃあ、お留守番が多かった?
んー、留守番というよりは、積極的に外に出てましたよね、小学校の頃から(笑)。

―今って、子どもが夜型になってるって言うじゃないですか。それの先駆けみたいな。
そうですかね(笑)。9時くらいに「これからだぜ」って感じで。母ちゃんが出かけたら俺の時間だって。

―そのころって何して遊んでたんですか?
家にいるときはファミコンとか。外だと公園行ったり、ぶらぶらと。あと、近くにコンビニがあったんですよ。そのコンビニのお姉さんと仲良くしてて、コンビニに遊びに行ったり。

―ご自分で思い起こすと、子どもの頃ってどんなでした? おとなしく……はないですよね。
おとなしく……はないですね。でも、暗いところもありましたよ。絵を描いたりとか。明るいときと暗いときが極端でした。醒めてる部分があったんですよね。今でもそうなんですけど、自分の興味のあることにはわーっと行くけど、興味のないことには徹底してない。

―元々はギターを弾いてらしたんですよね?
そうです。

―音楽に触れるきっかけは色々あると思うんですけど。
子どもの頃は音楽に興味はなかったんですよね。興味を持つようになったきっかけは、小学の5〜6年生の頃に兄貴がB'z聴いてて、耳に入ってきたんですよね。そこから色々ちょこちょこと。
―耕史朗さん、基本的に聴いてきたものって何ですか。
ハードロックやヘヴィ・メタルばかりですね。
―それはいつごろから?
15歳くらいですかね。本格的にというか、意識して聴くようになったのは。 ―それは洋楽ですか。
いや、日本のものも聴きましたよ。

―でも、ヘヴィ・メタルって、耕史朗さんの時代にはもう殆どないと思うんですけど。
そうですね、ないですね(笑)。

―そんな状況なのに聴くようになったきっかけって何でしょう?
そういうものを聴くまでは、BOOWYとか氷室京介とか好きで聴いてたんですけど。そのときはヴォーカリストになりたくて聴いてたんですよね。で、曲を作りたいなと思ってギターを買って。
―そっちが先なんですか?
うん、ギターを弾きたい、じゃなくて曲を作りたいだったんですよ。なんかギターで曲を作るのが格好いいかなと思って。で、ギターを弾いているうちにギターが好きになって、もっとハードなものを弾きたいなと思うようになって。ラウドネスとか。雑誌とか見て自分なりに調べてどんどんそっちのほうに。

―あれ? じゃあいきなりエレキギター買っちゃったんですか?
そうです。
―氷室さんみたいに歌おうと思って、曲を作るためにギターを買ったと。流れとして珍しくないですか?
そうですね……変わってますね(笑)。
―ギターに触れる前って、何か楽器をやってらした?
いやまったく。だから、俺はやりたいと思ったことをまずやっちゃうんですよ。ライヴでも何でも。だから、ギターについても持っていることが格好いいと思って買って、で買ったはいいんですけどチューニングすら知らないんです。送られてきたギターって当然チューニングが合ってないですよね。合ってるか合ってないかさえ判らないまま数か月弾いていて、だんだん自分で本とか雑誌とかで調べて。
―ああ、タブ譜とか。
そうそう。でも、タブ譜に行くまでも結構時間かかりましたよ。それ以前の問題で。
―じゃあ、ギターを触っているのが楽しいって感じ?
そうですね。で、ギターが届いた瞬間から曲作ってましたから。チューニング合ってないまま(笑)。
―その作曲というのは、歌メロから作っていくんですか?
最初は詞を書いて。それにメロディをつけて。
―氷室さんに憧れてギターを買った人って初めてですよ(笑)。他に気になるミュージシャンっていないんですか?
えーとね、ちょうどT-BOLANが流行ってましたね。ハードロックに行く前は、ちょっと暑苦しい歌が好きでしたね。
―チューニングに辿り着いたのはいつですか?
ギターの教則本ってあるじゃないですか。初心者用の。あれを買ってみたら「チューニングをしよう」って載ってて。それで初めて知りました(笑)。そこで初めてチューナーっていうものも知って。コードの押さえ方を見て、弾いてみたときには感動しましたねー。それでやっと曲をちゃんと作れるようになりましたね。
―バンドを始めたのっていつですか?
中学最後の文化祭でバンド組んでやったのが最初ですね。そのときにはちゃんとチューニングも知ってたし(笑)、BOOWYとかX-JAPANとかコピーしました。俺、中学校とか全然行ってなかったんですよ。中2のときなんて1回も行ってない。
―それはおうちにいらしたんですか? それともさすらってたの?
色々ですね。でも、イベント事にだけは顔を出すっていう(笑)。
―学校が嫌いで行かなかったんですか? それとも勉強が?
んー、嫌いというより、俺には必要ないって思ってたんですよね。ギターやり始めたときに「これで行きたい!」って思ったんで、ロックを一所懸命やるんだから、勉強とか要らない、その時間にギター弾いてるほうがいいって。ま、朝起きられなかったっていうのもあるんですけどね(笑)。
―最初から夜型ですもんね(笑)。
そう、そんな感じで。縛られるのがいやだというのがいちばん強かった気がしますね。
―ギター持ったときに音楽でやっていくって決めてたと仰有いましたよね。
うん、決めてましたね。かなり、決めてました(笑)。
―じゃあ、部活とかも全然やってないんですよね。
所属していたことはあるんですけど、学校に行ってないから(笑)。そういえばね、体育祭にも顔は出してたんですよ。そうしたら、ハードル走で新記録出しちゃって。格好いいでしょ?(笑)
―ヤな子どもだな!(笑)
みんな地道に練習してたのに。
―それはね、絶対反感買ってた(笑)。
うん、男子にはね、かなり反感買ってたみたいですよ(笑)。
―女の子にはモテたでしょう。
モテましたね、その頃は(笑)。 ―じゃあ、中学校ってずっとそんな感じですか。
そんな感じですね。でも、中3のときに「このままじゃ卒業できないよ」って言われて、流石にびびって。卒業できないのは流石にいやだなって。で、学校には行くようにしたんですよ。授業には出てないんだけど。
コンピューター室っていうのがあって、冷暖房完備で床が絨毯で。そこにギター持っていって弾いてましたね(笑)。あとは校長室とか。
―じゃあ、進学する気はなかったんですか。
全くなかったです。まあ、その前に無理だって言われましたけど(笑)。卒業してからは、文化祭で組んだバンドを引き続きやってたんですけど、みんな高校生じゃないですか。俺はまだ仕事もしてなくてプータローだったから、時間がね。
―そのメンバーとはどれくらい続いたんですか?
1年くらい。4人だったんですけど、ベースの奴は俺と同じような感じだったんで、よく会って色々やってたんですけど、ヴォーカルとドラムは普通の高校生で、バンドで頂点目指すってわけでもなくて。温度差があった。
―ところで、何でバンドやるときに歌わなかったんですか?
んー、ギターで曲を作ってるときに迷ったんですよね。ギターをやろうかヴォーカルをやろうかって。両方やるっていうのは、そのときは考えつかなかったんですよね。気づいたらギター1本で。
―そのバンドでは耕史朗さんの曲はやってなかったんですか?
いや、全部俺が作った曲でしたよ。デモの段階ではひとりでやって。ベースラインもドラムも歌詞も全部やってて。そういう意味でもちょっと孤独感というか、ストレスになってたんじゃないかな。
―98年からJURASSICに在籍しているということは、この次がもうJURASSIC?
いや、その前に色々やったんですよ。転々というか、色んな人たちとやって。一日だけのバンドもあったし。中学のときからやっていたバンドは、16歳のときに俺が抜けました。俺のバンドだったんですけど。
―それは、先ほど話していらした温度差の問題ですか? それとも、レベル的にもうここではないと思ったから?
どちらも、ですね。正直に言ってしまえば。あと、他のバンドに誘われたっていうタイミングの問題もありますけど。
―どうやって人の繋がりが出来ていったんですか?
最初のバンドでライヴをやっていくうちに。そういえばね、俺対バンっていうものを知らなかったんですよ。ライヴって1バンドでやるもんだと思ってて。ライヴハウスに出るようになって、それを知ったんです。一緒に出たバンドのメンバーとかと知り合って付き合いが広がったんですね。
―耕史朗さんがステージに立つときに、どういう自分をイメージしていたのか興味があるんですよ。だって、さっきから他のギタリストの話が出てないじゃないですか。
ああ、そうですね(笑)。ギターを持ちはじめてから布袋さんとかにも興味を持つようになったんですけど、テクニックとかを気にするようになってからはラウドネスの高崎さんが好きになって。いちばん好きなのはザック・ワイルド。テクニックも見た目も。
テクニックを追求しようと思ったときには、早弾き系というか、ポール・ギルバートとか好きでしたね。あとレインボーとか。
―URASSICというのは長崎で結成されたバンドなんですか?
そうです。ヴォーカルのユウキ、ドラムのシンゴがやっていたバンドがあって、ふたりは俺より先輩だったんですよ。で、対バンとかしているうちに、ある日突然「うちのバンドに入らないか?」と言われて、即OKして。ふたりが大好きだったから。そうしたら、ふたり以外のメンバーが抜けちゃったんですよ、俺と入れ違いに。じゃあ、新しいバンドとしてやろうっていって、結成したのがJURASSICですね。

―そのおふたりが好きだったのというのは、音楽的に?
ライヴが格好良かったから。技術も凄かったし。好きな音楽も割と近かったし。2年くらい長崎でやってて、オーディションみたいなものに出たんですよ。グランプリ取ったらCD作ってくれるっていう。で、グランプリ取ったら、「CD作るだけじゃなくて、ウチの事務所に入ってデビューしないか」っていうふうに話が進んで。それが決まってから暫く九州各地でライヴをやって、2000年の夏に上京してきたんです。
―JURASSICというのは、全員プロ指向だったんですか?
そうです。音楽的には、ハードロックで、歌を立たせる感じで。でも、今俺がやっている音楽と遠くはないですね。
―音楽的に180度転換しちゃう人もいますけど、耕史朗さんはずっと一本道ですね。
他の音楽が嫌いなわけでも興味がないわけでもないんですよ。やろうと思わないだけで。クラシックも聴くし。
―ハードロック路線をずっと続けてきた理由ってなんでしょう?
あー、強がりたいというか。とにかく攻撃的でありたいというのが基本なんですよね。それを表現するのにハードロックやメタルを使っているわけで。だからそれを表現するのに例えばクラシックが向いていると思えば変わってくるかもしれませんけど。
―耕史朗さんが表現したいものというのは、前に向かう力、のようなものですか。
そうですね。あとは、それだけだとつまらないから、そうしていく中での寂しさとか虚しさとか、裏側の部分も出していきたいんですよね。
―現在のBLACK HEARTはソロ・プロジェクトですが、バンドでやっていたときに感じた不自由感とかしがらみみたいなものから解放されたかったからですか?
んー、それもありますね。あとは……なんというか、100%自分である環境でやってみたいとも思っていたんですよね。
―10年ほど前の、バンドを始めた頃はひとりで全部背負わなきゃいけないことが辛かったわけですよね。今はそれが出来るというのは、タフになってきたということですかね。
それもあると思うんですけど、元に戻ってきたという部分もあると思いますね。あとはバンドとしてやることにちょっと疲れてきていたというのもあるかな。
間違いなく、自信持って言えるのは、BLACK HEARTというものはずっとやっていくって。これは自分そのものですから。どういう形でやっていくかは判らないですけど、続けていくと思います。
―BLACK HEARTというのは、とてもシンプルな名前ですけど、どうしてご自身のソロ・プロジェクトにこの名前をつけたんですか?
今まで活動してきて、色んな……裏切りだったり、マイナスなものに惑わされたりするじゃないですか、色んな人との絡みがあったりすると。そういうものに、もううんざりだったから、自分の心を他の奴の色にされないように、自分で黒に塗り潰していく、っていう意味なんですよ。
―ああ、黒ってすべての色を吸収しますもんね。

そうそう。
 
 

【BLACK HEART official site】 http://black-heart.org/

interview :t_inj


耕史朗
2月29日生まれ、長崎県出身。B型。
98-04年JURASSICでギタリストとして活動。05年よりソロ・プロジェクトBLACK HEARTにてG&Voで活動中。

... Live Infomation ...
3/23
柏club ZAX
3/29
HOLIDAY SHINJUKU
4/7
仙台HOOK
4/15
池袋CYBER
5/7
CLUB CITTA
... CD Infomation ...
カリキュラマシーン CD
【BLACK HEART】

2005.07.30 Release
¥1500(tax in)
【BLACK POWER】

2006.02.04 Release
¥1000(tax in)
TABOKUN
加納 望
Maggy
曽我将之
Shizuwo
Kouhei
大村孝佳
RYOHEI
太三
YUNA
DAISUKE
築山朋式
RYO
Daizo
長谷志恩
吉田好宏
若井望
澄田啓
榊原秀樹
耕史朗

 

   
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