ミュージックウェブマガジンばんび
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ミュージックウェブマガジン "ばんび"は、ジャンルを超えて音楽を楽しみたいと考えるGROOVE SITEです。
ばんびのアンテナに引っかかってきたミュージシャンを、ピンで解剖(紹介とも言う)しようというこのコーナー。
第8回目のゲストはThe Space Funkoolのドラマー、RYOHEIさん。
「俺、人見知りなんです」って、それならばんび隊は引きこもりですよ。 ……というわけで、シャイなRYOHEIさんとシャイなばんび隊は、シャイな微笑みを浮かべてお喋りしたのでした(大嘘)。

その8. RYOHEI

―16歳でドラムに目覚めて、とのことですが、何がきっかけだったんですか?
友だちに誘われたんですよ。

―「ドラム叩いてくれない?」って?
最初はヴォーカルやってくれないかって言われて、別に他にやりたいこともなかったから「いいよ」って。そうしたら数日経ったら「やっぱギターやってくれない?」「なんで?」「いや俺がヴォーカルやりたいから」「あ、そうなんだ。いいよ」。

―ははははは。
また数日経ったら「ベースにしてくんないかな」「なんで?」「ギター見つかったから」。
で、また数日経って「やっぱさ、ドラムやってくれないかな」「えー、やだよ」「ベース決まったからさ」。

―(笑いすぎで相槌も打てない)
まあ、遊びだし、ドラムでもいっかって。それがきっかけなんですよ。
―本当にそんなにいい加減な話なんですか(笑)。
本当ですよ。で、高校入って新入生歓迎パーティーってあるじゃないですか。そこでブラスバンドがやってたんですけど、そのドラムがすげー格好いいって思って。

―そこで漸くドラムの格好良さを認識したと。それまではドラムは意識の外だったってことですよね。
そうですね。BOΦWYとか好きで、高橋まことさんは格好いいって思ってたんですけど、ドラムが格好いいという意識はなくて。生ドラムを見たことなかったし。

―お友だちに声かけられるまではバンドをやるという発想もなかったんですか?
全くないですね。
―音楽は聴くけれども、という感じ?
好んで聴くほどでもなかったですね。
―じゃあ、そのお友だちがいなかったら、今のRYOHEIさんはいないんですね。
板前か何かになってましたね、間違いなく(笑)。料理が好きなんですよ。
―それまではどういう学生時代を過ごしてたんでしょう。
……変わった奴だった、ですよね。
―どんなふうに?
まず友だちがいませんでしたね。馴染めなくて。いなくはないんですけど、少ないままで。
あんまり記憶がないんですよね、子どもの頃って。自分がどういう子どもだったかも、どういうことを考えてたかも記憶になくて。ものを考えない子どもだったんじゃないですかね。ただ生きてる、みたいな(笑)。
―こらこら(笑)。
取り敢えず壁が友だちでしたね。壁とサッカーやったり、壁と野球やったり。一応部活やってたんですけど、部活の中にも仲いい友だちいなかったし。
―部活、何やってたんですか。
野球。
―野球ってチームプレーじゃないですか(笑)。
いや、黙々と。
本当に近所に友だちがひとりふたりいるくらいで。実は女の子のほうが仲のいい子が多くて。同窓会に出ても、覚えてないんですよ、男のクラスメイト。

―で、そのバンドっていうのはどんなものをやってたんですか。
そいつはTMネットワークをやりたかったらしいんですよ。でも、俺はTMネットワークがバンドだってことも知らなくて。ラジオ番組か何かだと思ってたんですよ(笑)。それから聴くようになって好きになって。
―割とポップな音楽が好きだったんですかね。
今もそうですよ。The Space Funkoolもそうだし。メロディがいいものが好きで。歌ものじゃないと好きになれないんですよね、どうも。
―じゃあ、音楽を聴いていてもリズムよりメロディに耳が行くタイプですか。
フュージョンやジャズも好きなんですけど、メロディが綺麗じゃないと聴けないんです。

―影響を受けたドラマーっていないんですか?
いや、いますよ。嘘じゃなくて、綺麗事でもなくて、アマチュアからプロまで、出会った人すべての影響を受けていると思いますよ。
―「格好いいな」と思ったらそのフレーズを叩いてみたいと思ったり?
ああ、思います。自分より下手くそな人でも、いいもの持っていて自分にないものだと欲しがるんですよ。ドラム講師やってたことがあるんですけど、そのときも生徒にいいもの持ってるなと思える奴がいると、「いいなこれ、バレないようにパクっちゃおう」って(笑)。
―バレないようにパクれるのがテクニックかなと(笑)。
そうですね、パクリ上手なんですよ、俺(笑)。
―そういえば2月にRYOHEIさん主催のライヴがあって、そのとき5時間叩いていたと聞きましたが。しかも出たバンド全部ジャンルが違ってたと。
そうですね。ずっと叩いてましたね。
―その体力はなんなんですか(笑)。
いやあ、足攣ったりしましたけど、楽しいから。24時間叩ける人もいるんでね、そんなには……。実際叩きおわってみるとたいしたことないんですよ。来年はもっとやれるな、10バンドくらい出来るんじゃねえかなって思いましたもん。ホントに(笑)。
―そういうジャンル不問なところも、あらゆるものを吸収してしまおうって姿勢ならではですよね。
自分が叩けるものであれば、ジャンル的に拘りはないんですよね。駄目な音楽ってないと思うんですよ。
―もしかして嫌いな音楽ってないのかな。
そうですね……どっちかというと、一緒にやる人間に影響されるというか。それまで興味のない音楽も、相手の好きな音楽って好きになっちゃうんですよ。だから僕の場合、ドラムは好きなんですけど音楽はたいして好きじゃないんですよ、たぶん。人が好きなんですよね。
昨日も話してたんですけど、自分が好きになった人たちと一緒にやりたいっていうのが先にあって、そこで作るものが音楽であって。だから僕が料理人だったら、一緒に料理を作ることが好きだったろうし。人付き合いはあんまり得意じゃないんですけど、その人を好きになったら好きな音楽にも興味が出てくるというか。だから嫌いなジャンルってないんですよ。
僕が拘っているとすれば、とにかく格好いい人とステージに立ちたいってことですね。

―RYOHEIさんにとって聴くものと叩くものはイコールですか?
んー、聴くものに関しては叩きたいですよね。叩けないものも実際は沢山あるんですけど、叩けないものがあるのは厭なんですよ。
―バンドの話に戻しますけど、そのときやってた音楽って結局TMっぽい感じだったの?
いや、ビジュアル系。デランジェが大好きだったんで。あとジキルとか。ヴォーカルの奴の影響で。僕はなんでもよかったんですよ、叩ければ、そのときは。
向こうで既にプロになるって思ってたんですよ。俺はプロになれるなと(笑)。勝手に思って勘違い起こして(笑)。熊本ってちゃんとしたライヴハウスなかったんですよ。貸しスタジオみたいなのしかなくて。で、バンド始めて1年くらいで小ホールでワンマンやれるようになってたんで。

―じゃあ、熊本は制覇したって感じで上京になったのかな。
いや、メンバーが辞めるって話になったときに、ちょうどツアーで来ていたバンドがあって。誘われたんですよ。で、「これはチャンスだ」と思って。それでこっちに来てからも色々な人を紹介してもらって。
―さっきまで壁が友だちだったのに、いつからそんなふうに人付き合いが出来るようになったんですか。
バンド始めてからですよ。それまでは……本当頭悪かったんですから(笑)。だから、音楽始めて、いろんなことを考えるようになったんだと思います。音楽で変わったっていうのは、格好つけでなく言えるんですよ。
―上京してきたのが20歳。
そうですね。忘れもしない9月1日。その頃付き合ってた彼女が、俺の乗ったバスを泣きながら原付で追いかけてきて……。
―ドラマじゃーん。
ま、そこまでは美談なんですが(笑)。それで終わりじゃないんです。でも言えないんで(笑)。
―そっちのほうが面白そうだけど(笑)。
いや、それは(笑)。
―じゃ、聞かないことに(聞かなかったことに?)。上京してからはどんな活動してたんですか。
僕はバンド志向なんで、25のときにCLOSEってバンドでデビューして。その前にいたFeelってバンドもデビューしてるんですけど、デビュー前に辞めてるんで。
―CLOSEってどんなバンドだったんですか。
ソフトなビジュアル系って感じで。音的にはグレイとかラルクみたいな雰囲気の。絶対売れると言われて、全くもって売れませんでしたけど(笑)。
CLOSEが解散したあとって、まあ、バンドだけだとなかなかやっていけないんで、シェラっていうAVEXからデビューした女の子の後ろで叩くことになって。それが初めてですよね、サポートの仕事は。
―Feelはどんな感じ?
デジロック、ですね。これ、兄貴がヴォーカルなんですけど。
―え? お兄さんいつの間に(笑)。
俺がバンドやってて、楽しそうに見えたんじゃないですかね(笑)。それまではオタクっぽかったんですよ。パソコンでゲーム作って、その中で音楽も作ってたらしくて。
昔は仲悪かったんですよ。音楽始めてから和解して(笑)。今はトランス系の音楽作ってます。

―兄弟揃って東京に出てきちゃって、ご両親寂しいんじゃないですか。
いや、俺は勘当されたようなものなんで。「成功するまで帰ってくるな」って言われて。今は「別に成功しても帰ってこなくていいや」って(笑)。まあ、放っておいても大丈夫だろうって思われてるみたいで。
―サポートの仕事が暫くはメインだったんでしょうか。
いや、バンドもやってましたよ。サポートのほうはシェラをやって、DAIGO☆STARDUSTやって。DAIGOは今もやってますけど。
―そういや、ドラマって何に出たの?
「STAND UP」ってドラマに、DAIGOが出て、そのときにバックバンドとして出たんですよ。台詞ないんですけど、コンテストで受賞して喜んでるシーンとかあって(笑)。で、俺、塚本(高史)くん好きなんですよ。格好いいなって。DAIGOを塚本くんが殴るシーンを見ていて、「おお、美しい!」って(笑)。
―チェックしてみます(笑)。ところで、今いったい幾つ掛け持ちしてるんですか。
The Space FunkoolとBee;msと、サポートでメロコア系とハードロックとDAIGO☆STARDUST。
―見事なまでにジャンルばらばら(笑)。
今後はもっといっぱい増やしたいですね。寝る暇なくてもいいんです、楽しければ。
色んなところに行って、どこででも歳も何も関係なく「RYOHEI!」って言われて、友だちが沢山いて音楽がやれてればいいかなと。そうすれば自分は音楽の中で生きていけるし、食い扶持にも困らないかなと(笑)。今はまだ少ないけど、そういう仲間を増やしていきたいんですよね。

―憧れの人になるより、一緒にやりたいって思われるひとになりたいという感じ?
そう、そう言われることがいちばん重要な気がして。
―これから何をやりたいか伺っておきましょうか。
The Space Funkoolで再デビューですね。勿論足りないこととかまだ沢山ありますけど。
でもちょっとずつ自分らを変えていける視野持ってるんで。

―参加したきっかけってなんですか?
単純にこいつら格好いいなって思って。で、セッションしたんですけど、向こうは最初厭だったみたいですよ(笑)。なんせセッションでいきなりスティック回したりしてたんで(笑)。でも、何か引っかかってくれたんでしょうね。向こうに足りなかったものとして。

―アルバム作って、12月にはワンマンも控えてて。
でも、ワンマンだからどうこうっていうのはないんですよね。毎回毎回のライヴを大事にしてるんで。
―来年は10時間叩くところを観に行かせてもらいますんで
(笑)。
(笑)。



[ The Space Funkool Official Website] http://thespacefunkool.hp.infoseek.co.jp/
[ RYOHEI Web] http://sound.jp/ryohei/index.html

interview : t_in
photograph:chakoba


2月11日生まれ 熊本県出身
1999年CLOSEでデビュー。昨年12月にThe Space Funkoolに加入。ノンジャンルで暴れ回るパワフルドラマー。
... Live Infomation ...
11月25日(木) 新宿MARZ
11月30日(火) 渋谷O-WEST
12月26日(日) 新宿MARZ
(ワンマン)
The Space Funkool
 Vo&G. MACARONI☆
    G. Monty
    B. TABOKUN 
    Ds. RYOHEI
... CD Infomation ...
【PEACE】
(TSFR-0001)

2,000円 (in tax)
 1. Stay in Alive
 2. ナマエナキ★ホシ
 3. 誘惑のドミノ
 4. 止まらナイ
 5. パズル
 6. GROOVE
 7 .サヨラナ
 8. ソレナリ
 9. Theme Of TSF!
  〜本番直前 (bonus track)
TABOKUN
加納 望
Maggy
曽我将之
Shizuwo
Kouhei
大村孝佳
RYOHEI
太三
YUNA
DAISUKE
築山朋式
RYO
Daizo
長谷志恩
吉田好宏
若井望
澄田啓
榊原秀樹
耕史朗

 

   
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