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あたしは今、30歳の溝にぴったりと嵌って天を見上げている。
鳴りやまない鮮烈のギターが、こぼれ落ちる薔薇の花弁を 巻き込んでは、
相変わらずあたしの心に揺さぶりをかけていたが、
今日はそれとは別にあたしの心を濡らして放さない、 それに夢中になっていた。
その日、夜空を支配していたその満月の触覚は凄かった。
大胆に開けっぴろげられたそれを一人静かに観ていると、
もの凄くやりたくなる。最近いつもそうだ。
欲求不満なのか、それとも産み時なのか?
あたしの身体はここのところ 明らかに、しかも急速に変化してきている。
その手のひらの吸盤は、少々黒く硬くなったものの、 とてもしなやかに強く美しい。
そしていつか、その慣れ親しんだ丈夫な吸盤さえ使わなくても、
手ぶらで誰より も高く跳べるなどと、
何の根拠もない自信に満ちあふれてさえいるのだ。
なのに、その気持ちとは裏腹に、
あたしの尻尾は未だにだらしなく 後ろ足の間にぶら下がって、そこに君臨していて、
あたしもそれを使ってバランスをとる事を止められない。
そうなのだ。あたしはとても偏っている。 とても未熟なうえに幼稚で、それでいてとてもマセている。
小さい頃からそうだった。 女の第六感ってヤツが巧い具合に、鋭く働くファザコンで、 その宿命みたいなものを知っていた。
それだから、 いつも必然的に受け入れることを許してきた男達は、 皆年上ばかりで、
気の利いた履き心地の良い靴ばかりではなかったが、
それなりに居心地の良い自分の居場所をその時々に確保できた。
あたしはそんなやり方でしか、 自分の欠けた部分を補う方法を知らなかったし、
何よりその本能に従うやり方が性に合っていたのかも。
しかし世の中はそんなに甘くはない。 そんな思い込みの激しい、思い上がりのあたしのの目の前に
彼が降り立ってからというもの、
あたしのその 適当な様で絶妙だったバランス感覚は乱されっぱなしだ。
ときどき彼の放つハリケーンさながらの 異様な程のビックウエーブに飲み込まれて、
お気に入りのサーフボードさえ見失ってしまう有り様なのだ。 あたしとした事がなんてことだ!
そこであたしは考えた。 このままこんなどうしようもない姿のまま、
気が遠のいている隙に鮫の餌食にでもなったり、
解剖でもされて、ホルマリン浸けにされるのだけは まっぴらご免だった。
どのみち落ちぶれるにしても、それは、
彼の銀の波の上を滑り墜ちる金色のドラゴンの姿を証明してからだ。と決めていた。
が、その為に必要な道具は、今のところ、
この不器用な身体と、愛しか持ち合わせていないのが、現実だった。
だいたい浦島太郎でもあるまいし、
あたしを無理矢理こんな遠く海の底まで引きずり込んでおいて、 彼は優しく抱いてもくれない。
あたしの脳みそはいつも不安とイライラの極地だ。
彼の望みは一体何なのか薄々気づいてはいた。
が、その気持ちを聞いてしまったら、
それまでのあたしの人生の中の抹消してきたいくつかの事実を、
またひとつずつ取り出して、それにこびり付いて腐った肉の部分だけを、
慎重かつ、丁寧にナイフで擦り落としては、 今のあたしと結び付けて行くという痛みも伴う、
途轍もなく大変な作業を遣って退けなければならない という秘密を
明かさなければならなかったし、 それは今のあたしの精神力ではとても巧く行くとは思えなかった。
何度も何度も頭の中で繰り返し練習しても、
いつも同じ辺りで完全に電地が切れてしまう。
真っ暗やみの中、手探りで続けるにはあまりにもリスクが大きすぎるし、
もし失敗するような事があれば、
その場であたしはその渦に完全に飲み込まれて、
もう一歩たりともどこにも行かれないという更なる地獄に、
逆戻りになるであろう現実に、覚悟もできないでいた。
それにその作業を彼に知られてしま うと言う事は、
彼の目の前で、彼の見た事もないあたしが、
他の男にいたぶり殺されながら泣いているのに天国でイッてしまう というような、
異様で無様な姿を彼に直視させるようなものにも思えたし、
それを黙って見ていられるような男でも彼はない、 ということもわかっていた。
だから今のあたしにとっては、そのどれもが億劫に思えて、
できることなら今まで通りすべてをやり過ごして済せたかった。
でもまるでそのことすべてをお見通しとばかりに、 彼はあたしに甘えてみせては、
また冷たく簡単にあたしを奈落の底へ放り出すのだ。
でもそれはその昔とは絶対的に違う、 孤独であって孤独ではないという、
圧倒的な愛のもとに今それがあるのだということを、
彼はあたしに教えて試して、確かめているようにも思わせる。 そう、彼のSEXは極上品なのだ。
その昔、100個の疣を自分の顔に移植して、 日々観察し研究し続けた男の話を知っている。
きっと彼の心臓は毛むくじゃらか宇宙だ。 もしそれが当たりならあたしの心臓も負けてはいないだろう。
まるでそうなることを楽しむかの様に、
ある時からあたしの身体にまとわり付いて離れなくなったヤクザな棘が、
待ってましたとばかりに、事ある毎に勃起して、
深く深くその心臓を抉っては、あたしの身体を弄んできたのだから。
だからたいした事では決して動じない、 といつも自分に言い聞かせて来た。
だからあの時も、あの時も、あの時も どんなギリギリの状態からでも、あたしは復活してきたのだ。
あたしの心はある意味あたしの誇りだ。
それなのに近頃のあたしときたら一体何だ。
逃げ腰のへっぴり腰で跳ぶ事さえ躊躇して、 諦める言い訳ばかりを巡らせては愛の無駄遣いばかりをしている。
でもあたしは、何と言われようとも適当に太々しく、
こぼれ落ちる薔薇の花弁に巻き込まれたふりでもしながら、
彼の波に溺れて生きていたい。
もう何一つ愛するものを傷付けたくないし、失ないたくもないからだ。
そして何より、その最後になるであろう狩りの機会に、 すべてを賭けてみたいのだ。
綺麗ごととは本当に見事に美しいし、
未熟な想像力を未知というスパイスでかき立てるから、 鮮烈のギターに一層燃え上がる情熱は、
この世のモノとも思えない程に磨き上げられた宝石のように、 人の心に取り憑いて狂わす。
そしてとうとう、 心と身体を引き千切ってでもそれだけは欲しいと願い続け、
山火事のように、すべて燃え尽きるまで燃やさなければ終われない。
その正体はまさに魔物だ。
そして大切なものすべてを失って、首だけになった自分の姿を鏡に見た時、あたし自身こそがその魔物だった
という恐ろし い事実を知ることになるのだ。
そしてもう二度とこぼれ落ちる花弁のない事実を 秘密にして生きているあたしは、 彼を心から愛している。
それを綺麗ごとにはしない。
**** Keicot ****
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