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秋間経夫 (AKIMA & NEOS)
Interview 1/2
Crossroad of 27
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-オリジナルを作ろう、やろうって思ったのはいつ頃ですか?
大学に入ってからかな。
サークルとかあるけど、なんかあまり入る気しなくて。そんなふうに群れてるのって格好悪いな、ふざけるなよって感じだったんですよ。知り合いに一緒に入ろうって誘われたんだけどいやでね(笑)。
それがね、当時マーシャルアンプっていうのはやっぱ憧れだったわけですよ。高嶺の花だったから。で、「マーシャルあるなら入ってもいいよ」って偉そうに言ってたら、(部室に)あったんですよ(笑)。で、入ることになっちゃった(笑)。
で、オリジナルをやるようになって、ライヴハウスにも出るようになって。ACBとかJAMとか。昔のACBはね、作りがちょっと変わってて、かっこよかったですよね。MODSとか出てたし。
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-その頃の音って、どういった感じだったんでしょう。
オリジナルを作るようになってからは今とたいして変わらないというか、原型はできてた気がしますね。
結局大学行くのも、エレキギターを弾く時間が欲しいから行ってるようなものであって、就職のためにとか全くなかったんで。そもそも就職する気なんかさらさらなくて。
大学ってゼミとかあるじゃないですか。俺、ああいうの全然やらなかったんですよ。学生要覧とか綿密に読んで、なんか法の抜け道探してるみたいな感じで(笑)。全員が卒論書くためにゼミを履修してるんだけど、届け出をしなかったら卒論なしで卒業できるなって。ただ、そんなことしたら、後ろ盾になってくれる先生もいないし、就職も不利になっちゃうから、そんなばかなことを考える奴はいないんですよ。
如何にギターだけ弾いているかって、そんなことしか考えてなかった。
-卒業されたあとってどうなさったんですか。
うーんとね、誰かに色々言われたんだよね、確か。で、納得して「じゃあ、しょうがないから就職するよ」って気持ちになったのかな。やだったけど(笑)。
で、MARCHOSIAS VAMPもその時期だから、作ったのが。メンバーとは学生時代からの知り合いだったんだけど、結成したのは俺が卒業したあと。
で、就職はしたんだけど、すぐ辞めちゃった。自分の考えの中に(就職というものが)最初からあったわけではないし、やっぱ辛かったですよね。
子どもの頃に「大きくなったら何になりたい」みたいなのってあるじゃないですか。そういう感じじゃなくなってるんですよね、エレキギターを持った日から。だから、「なりたい」じゃなくて、そのときもう「なってる」つもりだから。あとはそれをやっているだけ、みたいな。
-その後メンバーの方も大学を卒業して、何か変化はあったのでしょうか。
インディーズでレコードとか出してたじゃないですか。いっとう最初の1stは完全に自分たちで全部やったんだけど、チャートも上がったし、評価も高かったんですよ。で、次のやつをインディーズレーベルで作ってくれたんだけど、でも、インディーズレーベルってお金があるわけじゃないから、音は納得するものが録れたんだけど広告は殆ど打てなくて。
あの頃は雑誌に力があったでしょう。自分たちの記事も多少載ってたりはしたけど、メジャーのようにはいかないし。アルバムが出たことを知ってもらいたくても難しい。
で、3rdアルバムをキャプテン(レコード)から出したら宝島関連の雑誌には載るな、と思って、交渉して。でも、思ったほど広告が出るわけでもなくて、「うーん、この程度か」って。それならテレビのほうが力あるよねって。今更出るのもかっこ悪いなって思ったんだけど(笑)、物は試しで。
あのころレコードってお金はかかるし、簡単に作れるものじゃなかったから。ロフトとかではワンマンでやってたけど、もっと聴いてほしかったんだよね。
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-イカ天にお出になられたのって、番組始まってから結構経ってましたよね。
うん、1年くらいは経ってたんじゃないかな。だって出る気なかったし。格好悪いと思ってたもん(笑)。周りのバンドが出てたりするのは見てたけど。
評価されなかったらやっぱりいやじゃないですか。今まで自分たちなりにいいステップを踏んできているわけだから、それを守ってやっていけばいいなっていうのもあった。
でも、キャプテンからアルバムを出すっていうんで、それにリンクさせて更に次のステップに行きたいって。ちょうどレコーディングが終わったあたりでイカ天出て、グランドイカ天キングになったってあたりでリリース! ってばっちりのタイミング(笑)。
-テレビに出ると環境って変わりますよね。
うん、テレビ出た少し経ったあたりから、本当に変わりましたよね。
動員も凄いことになっちゃいましたしね。CD出した記念のワンマンをロフトでって予定してたんですけど、それが前売りの段階で10分でソールドアウトしちゃって。
「ああ、これはやっぱ凄いな」って。もの凄いことになってきてるって、変な予感はありましたよね。
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-MARCHOSIAS VAMPって、メンバーチェンジなしでずっとやってらしたんですよね、11年間。
そうですね。活動休止したのが96年の1月でしたね。
-活動を休止した理由を伺ってもいいですか。
俺がね……ちょっと、やりたくないって感じになっちゃって。
きつかったんですよね、俺自身が。音楽そのものをやりたくないって気持ちになっちゃって。
-それまでって、順調にステップアップして、沈むことがなかったわけですよね。それがメジャーになって、それまでとは違う時間軸で物事が動いていくことに疲れちゃったんでしょうか。
そういうのって凄いありました。それで、「俺がやりたいことはもう全部やったよ」って気持ちになっちゃって。新しいことができないやって。曲も全然作れなくなっちゃったし。
それでもレコーディングはしなくちゃいけないっていうのがあるじゃないですか。だから、そういう重圧感ももちろんあるし。もう、苦しいだけで。新しいものを作りだすエネルギーがなくなっちゃってたから。
ただ、そのとき活動休止って言ったのは、どこかにまたやりたいって気持ちになるんじゃないかっていうのがあったと思うんだよね。
でも、活動休止したあとは、もう曲も作らなくていいんだって、凄い解放感で。
自分ではもうできないって思ってるから、もし曲を作ろうとしても、できなかったら怖いからって、本当に何もしなかったんですよ。
たとえばアルバムは作らないで、ライヴだけをある程度やっていくっていうふうには思えなかった。やっぱり、バンドって動いている以上は新しい方向にって行くものじゃないですか。ベンチャーズみたいに、60代になって確固たる地位もあるというようなバンドだったら今までのもので回していくこともあるかとは思うけど、そういうものじゃなかったし。
だから、我慢して乗り切れるんだったらそれでもいいんだけど、曲が作れないっていうのは致命的でしょ。
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-そうやって休止した直後の解放感が不安につながったりはしなかったんですか?
その頃の自分の状況は、あんまり覚えてないというか。でも平和な感じでしたよ。
そうこうしているうちに、イベントに誘われたりして。楽しそうなものには出て。ピーズのメンバーとかとキャロルのコピーやったり(笑)。
バンドをやっていくうえで、いちばん最初の頃っていうのは自分が最高だと思っているわけですよ。それまで生きてきた経験がすべてバンドに活かされているというか。でも、毎年のように作らなくちゃいけなくて、で、次はもっとこういう感じでってあるじゃないですか。俺たちはディレクターから売れるためにはどうのこうのって、あんまりきつくは言われなかったけど、そういうところでやってるからには、常に新しいものにチャレンジしていくところは見せていかないといけないじゃないですか。
今はこういう感じのものが世間では受けているんだよっていうのもあるし。それを取り入れる、入れないは別として、俺は本当にT.REXしか好きじゃないから、そういう新しい音楽を参考に聴くのも苦痛だったし、それの良さなんかわかんないしっていうような部分で。
それまでは自分がいいと思ったものが絶対だったんだけど、そうやって変化していくってなると自分が100%いいと思えるものでないものがいいものっていうようなことになって。そういうふうにやっていくと、自分の判断力がなくなってきちゃうんですよ。自分にとって何がよくて何が悪いのかっていうのがわかんなくなってきちゃって。
で、そういうことがあって、キャロルをやるとするじゃないですか。「やっぱりコレだろう!」みたいな(笑)。当時はめちゃくちゃ違ってコピーしてたな、とか。30過ぎてキャロルを改めてやってみて、やっぱ凄いなと思いましたよ。練習自体が楽しくて。キャロルって、ロックンロールのビートのいちばん楽しいところをやってる感じがして。
そういうことを再確認すると、ああ、俺はやっぱりこれだったんだっていうのがわかるし。
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-NEOSは1年後くらいですよね。
うん。休止直後からソロアルバムの話もあったんだけど、断ってたんですよ。曲とかは相変わらず作ってないから。怖い気分がして。でも「できるまで待つ」って言ってくれて、じゃあいいかなーって。
で、ある日「なんか曲できるかもしれない」って思ってギターじゃらんって弾いたら、できる予感がするんですよ。それでカセットテープ回して、90分テープぎっちり作りました。
フルアルバム1枚分の曲がいきなりできて、そんなこと初めてだったから、充電期間ってあるんだなーと思いましたよ、あのとき(笑)。よく充電期間っていうけど、あんなの嘘っぱちだろうって思ってたんだけど。
-そこでMARCHOSIAS
VAMPを活動再開にしなかったのは、もう一回始めちゃうと、また同じジレンマに陥る気がしたからでしょうか。
そういうのもあるし、曲も自由に作ればいいんだって思うんだけど、やっぱり、どこかに「MARCHOSIAS
VAMPだったらこういう曲」みたいなブランドだかパブリックだかのイメージが(自分の中に)あるんですよ。そういうの取っ払ってるつもりでも。あのメンバーでやるんだからっていうような。それがほんのちょっとでも引っかかってるとね。90分テープに入れた曲はそういうこと何も考えないで作ってるわけじゃないですか。
-それをやるためにNEOSを作られたんですか?
いや、あくまでもプライベートなソロアルバムを作ろうと思ってたの。だから1stはバンドって感じじゃないですよね。
でも、そのあとにやっぱりバンドって楽しいなと。だから俺はソロアーティストには向いてないっていうか。今はAKIMA&NEOSって名前だけど、「バンド」ですよね。
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| AKIMA
& NEOS Official Website [ NEOS MODE
]: http://homepage1.nifty.com/neosmode/ |
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