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アツシ ( ニューロティカ )


Interview 1/2   Crossroad of 27  (27歳の岐路)
 
  色々な考えを持っている頭のいい人。でも発言を追及しようとすると、はぐらかされてしまう。
「なーんてね」と。人前に立つことを生業としているが大変な照れ屋であった。
インタビュー前半は、音楽との出会いからアツシにとってのニューロティカとは、をお送りする。
 
 音楽との出会い、ニューロティカを始めるまで

―最初に音楽に触れたのは?

最初はアニメで、それから歌謡曲。歌謡曲はフォーリーブスですね。

―アニメというと?

仮面ライダーとかウルトラマンとか。その当時流行っていたもの全部ですね。

―バンドにはどうつながっていったんですか?

中二か中三くらいの時に友達が「これ聴けば」って、ARBを聴かされて。衝撃を受けてしまったんですね。ARBを見る前はチューリップがロックだと思ってましたからね。

―それは凄い衝撃だったでしょうね。

凄い衝撃でした。

―最初から歌だったんですか?

一緒に学校の友達とARBを見に行くようになって、その友達が文化祭でやろうよって言ったのがきっかけですかね。自分からやろうとは思わなかったです。

―言われてからすぐにやろうってなったんですか?

そう。

―人前に出て何かするのに躊躇なかったんですか。

その前からお調子者で、クラスの人気者みたいな感じだったから、抵抗なかったですね。

―それが中学校の文化祭だったんですか?

いや、高三の文化祭。高二までは何もしてなかったんで、高三で初めて歌って文化祭は終わりですね。

―その後すぐニューロティカなんですか?

その後はコピーバンドで。吉祥寺のシルバーエレファントとか曼荼羅とかそういうところを自分達でレンタルホールして、学校の仲間とコピーとかやってたのかな。

―コピーしてたのはどんな曲ですか。

ARBですね。うちの学校はおかしかったんですよ。うちの代がARBやって、その下の代が6バンドくらいでスターリンとアナーキーのコピーバンドやってたんですよ。そんな凄い流れの。自分中学と高校は同じなんで、中学の野球部の後輩がバンドをやりだして、凄い今でも仲いいんですよ。

―中学、高校は私立だったんですか。

そうですね。

―ご自分の意思なんですか。

親の意思かな。親が中学しか出てなかったから、やっぱいいとこ行かせようっていうのはあったんじゃないですか。

―小学校の頃から勉強されてたんですか。

あんましてないです。

―でも受かっちゃったんですか。

結構馬鹿な学校だったからね。8番で中学に入って、出る時ケツから20番でしたからね。勉強しないから馬鹿でもしょうがないなって思ったけど、俺より下にバカがいるってびっくりしましたね。それが最初のギターですからね。

―じゃあ最初は高校の友達でバンドを始めたんですか。

最初のコピーバンドはそうでしたね。ニューロティカになってからは変わりましたけどね。ドラムとベースは違う人です。友達の友達みたいな。

―私立なのにバンドが盛んだったんですか?

そうですね。TOKYO IS BURNINGをいったい1日何回聴いたかって感じでした。1つ上に森重さんがいたんですよ、ZIGGYの。でも全然話したことなくて。森重さんは在学中からロン毛で。うち結構楽なんで、ロン毛でも染めてても大丈夫だったんですよ。卒業してから何十年経って、ようやく再会して、挨拶しました。

―お互いに知ってはいたんですか?

いや。僕は卒業して、1,2年経ってからですかね。森重さんは知らなかったと思いますよ、1回も話したことなかったんで。去年の12/31にLOFTで一緒だったんで、写メ撮りました、記念に(笑)。先輩と後輩が(笑)。

―(笑)。知らない人が見たらどういうつながりかと思いますよね。

ほんとに。有り得ない。やっぱり先輩として誇りですよね、森重さんは。

―向こうもそう思っているんじゃないですか。

あの人はそういうことを言わない人ですから。キャラがありますから。僕は嬉しいですよね。うわぁー、この人と学校一緒だったんだって。だけど、楽屋では学校の話はしませんでした(笑)。

―話を戻すと、コピーバンドが始まりだったんですね。

そうですね、コピーやりながら、オリジナルを作り始めました。

―それがニューロティカですか?

そうですね。オリジナルでやりだして、バンド名をつけなきゃいけないって感じになってつけました。高校のアナーキーのコピーをやっていたバンドがEPを出したんですよ。ADKって、昔の人しかわかんないんですけど、スターリンの初期のギターの人がやっているレーベルで。高校生が出したってことで触発されて。そのバンドのギターにはいってるのがOI-skallmateのkenっていうギターで。あいつは十何年来の直系の後輩なんです。
―EPってすぐ出せるものだったんですか?

スターリンの初期のギターの人に、当時ADKは流通が大人気だったんで、プロデュースだけしてもらったんですよ。

―初めてライブやった時はどんな感じでした?

新宿のJAMでした。後輩のバンドとやったんですけど、大変でしたね。シンナーにけんかで。おまわりさん来て、一番年上ですから全部僕が謝って。で、出入り禁止になりました。そしたらそのおじさんがJAMおじさんていう有名なおじさんで。八王子のLIPSに自分が企画を持っていったら、その人だったんです。そこで和解しましたね。

―「あー、あの時の」 って。

僕は何も悪いことしてないんですけど(笑)。当時のライブハウスは殺伐としてましたからね。

―怖いところってイメージがありましたね、昔は。

なんか凄かったですね。「わー、あいつ血流してるなぁ」って。でも僕が怒られちゃったんですよ。「なんだよー」って感じでした。

―その時は何バンド出たんですか?

5,6バンドありましたね。後輩で"我殺"ってバンドなんですけど、うちより先にEPを出したバンドが。学校内の後輩のバンドで地元のバンドですね。皆仲良しなんですけど、なんか変なノリ方しているとトイレに連れて行かれちゃうんですね。怖いですねぇ。

―(笑)。

「あー、やってるなぁ」と思って、僕は見て見ぬフリしますからね、そういう時は。「あー、やだやだ」って思って。

―お客さん同士も知り合いなんですよね?

友達の友達ばっかだったと思います。

―その後は自分達メインでライブやり始めたんですか?

いやいや、いやいや、いやいや。ライブハウスに頼んでやらせてもらうって感じでしたね。スタジオにライブのチラシを貼ってて、それを見たライブハウスの人がやらないって言ってくれたこともたまにありました。結構西荻窪のワッツでやってましたね、ファーストソノシートが出るくらいまでは。ライブハウスも今みたいにいっぱいあった訳ではなかった時代だったし。ファーストソノシートが出てからは、お客さんも入りだして、ちょっと雰囲気が変わってきましたね。

―その時は自分が20年バンドをやり続けるって思ってましたか?

思ってないですよ。25くらいで結婚するのかなーって思ってましたから。昔の人はそうじゃないですか、30歳なんて言ったらおじさんで。

―じゃあ音楽で生計をたてようとは思ってなかったってことですか。

そんなのは無理っていうのが根本的にあったんで、そういう考えとか世界とかないですからね。違う世界だと思ってましたから、逆に。音楽で食えるなんていう考えはないですね。

―メイクはピエロだったり、スイカだったりしますけど、それはその時の気分ですか。

大体ピエロですけどね。人をびっくりさせようかなっていうくらいのノリですよ。そしたらそれが人気出ちゃったんで、「こりゃあいいや! 」って思って。ちょっと勘違いした時期はメイクを落としてたんですけど、お客さん減っちゃって。「これはヤバイな」と思ってもう1回化粧し始めたら、人気出てきたんです。

―メイクを落としてた時期があるんですか。

ありますね。そんなに長い時期ではないですけど。

―イベントの時はメイクしてないイメージがありますが。

自分では出来ないんですよ、人がいないと。大変なんですよ、色々。道具持ってったりして。ギャラが発生しない時はしないんです。イベントでしてる時は「ギャラ発生してるな」って思ってもらっていいです(本人大爆笑)。

―(笑)。若い人はスイカマンのイメージがあるらしいですよ。

でも一時期だったですよ。

―メイクをするとライブって感じですか?

いや、それは全然ないです。よく言われるんですよ、「変わるんですか?」って。でも全然ないです。衣装の一部の様な感じですから。正直言うと革ジャン着たりとか髪立たしたことないんですよ。革ジャン持ってないですし。革ジャン着て髪立たせるって流れで揉まれてきたんで、じゃあそれに対抗するものは何かって時に「ピエロでいいや」って思って。「これ、ボコボコにされちゃうかなー」って思ったら、モヒカンとか皆ノッちゃってるんで、わぁーこれイケるなって。「意外と皆好きなんじゃん、これ」と思って。法政大学の学祭で体育館満員のパンクバンドばっかりの中で、ピエロで出てって、「これぶん殴られちゃうな」って思ったら、皆ノッちゃって。「シメシメ、こっちのもんだ」って思いましたよ。楽しかったですね、あの時は。これはイケるなって思いましたね。

 

アツシ
東京都八王子市出身
10月20日生まれ A型
ニューロティカを結成し、今年で22周年。5/27の渋谷O-EASTで通算ライブ1000回達成。

ニューロティカ
Vo: アツシ
Gr: シズヲ
Ba: カタル
Ds: ナボ

Live Infomation
通算ライブ1000回達成&
22周年記念

5/20

大阪BIG CAT
5/21 名古屋クラブクアトロ
5/27 渋谷O-EAST


CD Information
DIVE INTO FEEDBACK
2005.09.21 Release
2,500yen(tax in)
01. 七つの海を乗り越えて
02. ダイナマイトでぶっとばせ!
03. 太陽をさがして
04. よろしく哀愁パートU
05. 冬の空
06. チャンスを獲りにいけ
07. 気まぐれ天使
08. サルピンチ
09. そんなのロックじゃねえ
10. 追いかけてロックンロール
11. パンチョによろしく
12. 北へ向かえ
13. 今日からあしたへ
10. ROCKで駆け抜けろ

 
   
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