ミュージックウェブマガジンばんび
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橘高文彦  ( X.Y.Z→A /ex.筋肉少女帯 )
Interview 1/2   Crossroad of 27
 受験、そして不登校

―橘高さん、幼い頃は大人の顔色を伺うようなところがあったと仰有ってましたが。

うん、それありましたよ。進学校に入れば親が喜ぶって。あと、兄貴に負けたくない気持ちもありましたしね。結局中学高校と続いている大阪市内の進学校に入って、家族も親の仕事がそっちのほうだからって、上本町のほうに引っ越して。それで、そのとき初めて気づいたんだけど、進学して引っ越したら、もう小学校の友だちとは遊べないんですよね。それと、ちょっとませててお付き合いしている女の子がいたんだけど、交換日記したりとか。その子とも必然的に離れちゃう。すべてのことが、受験を機に放り出されちゃって、あ、ひとりになっちゃったなと。子どもながらに、新しい場所で新しい友だちを作らなきゃいけないんだなとは、漠然とは思ってたんですけどね。

―根こそぎ、ですね。

うん、根こそぎ。友だちもいない環境で。まあ、枚方にいたままだったら、また気分も違ってたかもしれないけどね。近所にも学校にも知り合いがいないっていう。その学校は進学校だったんでそういう子が集まってきてるんですけどね。

―でも、そういう環境だと、同級生は友だちである以上に競争相手になりますね。

そうなんだよね。みんな大学受験するために集まってるんだなって思っちゃって。で、俺なんかは趣味でギター弾いてロックが好きでっていう、そういう遊びの部分があったんだけど、がちがちに勉強してきてる子が多かった。人間的に魅力を感じられる子が少なくて。友だちを沢山作るなんて無理だなってすぐに判った。もちろん、何人かは出来たけどね。


―共通言語がない感じ?

ないない。それにみんなばらばらの地区から来てるからね。だから、大学受験までずっと同じことが続くんだって、中1の時点で思い知らされちゃったから。それの決定的な出来事があって。ほら、小学生だからロックバンドをやりたいとか、明確には思ってなかったけど漠然とは考えてたし、野球が好きだったんで甲子園出たいって強い気持ちがあったんですよ、小学生のときって。中学に入ったら野球やれるって思ってた。毎日、日曜まで塾に通うような生活から解放されて、もちろん勉強はするんだけど、部活もやって音楽もやって、友だちも出来るだろうって、それこそ共通言語で全部が繋がると思ってたの。がちがちに勉強しているような子でも、クラブ活動をやってたら気持ちが通って親友になれるなって。そうしたらね、その学校、成績の1/3か半分くらいの下位の者は、クラブ活動やっちゃいけないっていう学校だったんですよ。

―ええ?

「ふざけるな」って思ってね。子どもながらに中学高校って情操教育が必要だと思ってたから(笑)、それは成績とは関係ないだろうって。そしたらね、その学校に対する嫌悪感とか、「こんなところにいたらマトモになれない」って思いが出てきて。

―歪になっちゃう、みたいな。

うん、そう。その瞬間に怖くなっちゃって、その学校が。俺、こんなところで生きていけるのかなって。学校と自分とのギャップが大きくて、そうしたら「そんなにまでして大学行く必要あるのかな」って思いはじめて。中学受験っていうのが、ある種のゴールだったんだけど、本当はそれってスタートじゃないですか。ゴールしたと思ったのに、そのご褒美も貰えない、クラブ活動も出来ないって。そうしたら自己崩壊みたいになっちゃって。あとは親が喜ぶだろうと思って来たんだけど、もう、価値観が崩壊していくようなものを止められなくなっちゃって、気がついたら不登校みたいになっちゃって。でね、不登校になったら、親に対して責任転嫁みたいにわだかまりが出てきて。そうなると家庭内でも厭な感じになってくるし、今でいう引きこもりになってたんですよね。不登校の子ってパターンがあって、学校に行かなければ元気な子と、家の中でも自分の部屋に引きこもる子といるんだけど、だんだん後者になっていって。今思えば、全部自分が悪いんだけど。その頃は親を喜ばせようと思ってやったことが、こんな変なことだったんだ、なんで親はそのことを教えてくれなかったんだろうって思ってて。まあ、俺は口で説明するタイプだったから、親もそれは酷いって思ってくれたみたいだけど。俺が野球部に入るのを、一緒に楽しみにしてくれたし。

―それは1年の頃から?

そう、でもまだ1年の頃は我慢して行ってたけど、2年になってからは殆ど行ってませんでしたね。いちばん好きなものが、そのときまでは野球だったから。それがその学校のせいで崩壊しちゃったんですよ。そうしたら、2だったロックとかギターが、自分の中で急浮上しちゃって。引きこもってるから、一日ギター弾けるでしょ?(笑) そしたら、自分で言うのも何だけど、どんどん巧くなってくんですよ。KISSもね、ギターソロはまだ弾けなかったけど、バッキングは中1のときには全部弾けてたし。今はタブ譜って当たり前にあるけど、当時はまだ少なかったんで、スコア買ってきて自分でノートにフレット描いて、表作って考えて。でも、そのおかげで、無意識に音楽理論みたいなものも憶えちゃったみたいで。ロック特有の、ポジティヴなメッセージってあるじゃないですか。「殻を破れ。生きたいように生きろ」みたいな。そういうものが入ってくるんですよね。
ヘッドフォンかけてギター弾いてると、自分もKISSになったような気分になれるんですよね。現実逃避なんだけど。自分も高いところにいるような気分で。引きこもり特有の状態なんだけど、自分の空間では王様なんですよね。だから、生きていく勇気みたいなものを、いちばん辛い時期に貰った。学歴がなくても成り上がっていけるって。自力でトップに行けるっていうのを提示されて。おかげでマンションから飛び降りることもしなくて済んだし。今思えば、親が頑張ってくれたなと。



―緩衝材になってくれそうなお兄さんは東京ですしね。

そう、でね、引きこもってしまうような場合って、環境変えるのがいちばんなんですよ。そこで東京に行くという話が出て。そのとき「行きたい」って思えたのは、出ていく勇気をKISSに貰ってたからですね。東京で一旗あげてやろうって(笑)。その頃はまだ親には言えなかったけど、ロックやっていきたいって自分の中で固まりつつあったんだよね。

―その頃ってまだガッドギターを弾いてらした?

いや、エレキギター。引きこもりの子どもにエレキギターを与えてくれる親だったんですよ(笑)。親が家にいなくて、ひとりで店屋物食ってるような子どもだったんで。あんまり寂しいから、鏡を目の前に置いて食事してましたから。そのせいかな、今でも体調悪いとき鏡を見る癖があるんですよ。どうやら鏡の中と喋ってるみたいで(笑)。

―橘高さんの場合、思春期を迎える前から、自分と対話しなきゃいけないような環境にあったんですね。

自分を見つめる時間が多すぎたよね(笑)。
 上京、そしてスリージー・ラスター結成へ

―13、4歳で上京というのは、大きいですよね。


東京だったら、ロックやってる奴もいるんじゃないか、バンドやれるんじゃないかって思ってたからね。今度は進学校じゃないしって。

―改めて学校に戻るのは、勇気が要りますよね。

うん、でもこのチャンスに、自分のことを知ってるやつがいないから、新しい人格を作ろうと思ってましたよね、子ども心に。発症する前の自分がそのまま続いていたらっていう人格を。そういう14歳になってやろうと。調子乗りに戻ろうと。でね、やっぱり親を喜ばせたいっていう気持ちは変わらずあって、だから高校は受験しようと思ってたの。付属校に行こうと。で、東大は付属がないから、東大以外の大学付属校は全部受けたの。で、結局立教高校に進んだんだけど。

―橘高さんは、本当に勉強が出来たんですね。

うん、好きだったの。ゲーム感覚で。はっきりと答のある、数学系は得意だった。だからこそ、答のないものに惹かれたりするんだけど。

―お兄さんとふたり暮らし?

兄貴はそれまで寮に入ってたんだけど、俺が上京するんでアパート借りてくれて。で、渋谷の中学通って。大学の付属校に行ったのは、先ずは親を安心させたいなと。それで、7年間のうちに、自分はなんとかデビューのきっかけを掴みたいなと。

―大阪にいらした頃は、誰かと一緒にバンドをやるとかはなかった?

全然。で、東京に来たら、やっぱりバンドがあった。結局はそこのバンドに入って、学園祭バンドだけど組めて。

―KISSが入りどころというのはよく判るんですけど、今やってらっしゃる音楽との繋がりが判らないのですが。

今でも永遠の1はKISSなんですけど、それは音楽だけじゃなくて生き方とか。だから常に困ったときはKISSを指標にするんですけど。でも、ギターをある程度弾いてくると、もっと難しいこともやっておかないとプロになれないって思ってて。で、音楽雑誌を見て色々聴くようになっていって。

―橘高さんはギタリストになりたかったんですか? それともバンドをやりたかったんですか? このふたつって、同じようですがベクトルが違いますよね。

んー、ポール・スタンレーになりたかったから歌いたかったの。でも、バンドの中でリードギター弾いてたから、必然的に歌は譲らなきゃならなくなっちゃったんだよね。

―最初に組んだバンドがスリージー・ラスターですか?

そうそう。

―それはコピーバンド?

いや、オリジナル。高1のときに組んだバンドで。コピーバンドに誰が金を払うんだって思ってたから、曲を書くのもギターを弾くのも一緒で。ずっとデビューありきでずっと考えてたからね。

―どういうサウンドだったんでしょう?

ハードロックですね。でもやっぱりブリティッシュ寄りかな。マイケル・シェンカーとかレインボーとか、もう何でもありですよね。思いついたものは何でも形にしていって。とにかく曲を書いて、バンドでアレンジをしてっていうのをやってみようと。

―橘高さんはプロ指向だった訳ですが、バンドってそこに温度差があると辛いですよね。

あー、でもね、大阪からやってきて、強い覚悟があるって思われてたみたい(笑)。実際口にしてるし(笑)。

―スリージー・ラスターは立教高校のバンドなんですか?

いや、違う。1年先輩にバンドやってた人がいて、最初はその人と組んだの。そのベーシストが福田純で。当時はタメ年ってことにしてたけど、本当に1コ上だったの。で、そのベーシストは慶應行ってたの。で、面白いことに六大学付属高校って横の繋がりが凄くあって、青学にいいドラマーがいるらしいって純が連れてきて、そのドラマーが連れてきたのが山田晃士。青学で凄く有名なヴォーカリストで。晃士と尾崎豊が青学で有名なヴォーカリストだった。晃士と一緒にスタジオに入ったら、凄かったの。空気がぴーんと張って。それまで妄想の世界で目指していたものが、初めて行けるんじゃないかって手応えになったんだよ。妄想と現実が、クロスした感じがしたんだよね。


 
 


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橘高文彦
12月27日生まれ。大阪府出身。
1984年AROUGEにてメジャーデビュー。その後89年筋肉少女帯に加入。現在はX.Y.Z.→Aにて活動中。

X.Y.Z→A
Vo: 二井原実
Gr: 橘高文彦
Ba: 和佐田達彦
Ds: .ファンキー末吉



CD Information
NEVER ENDING STORY
2005.1.16 Release
ASIN: B00074C5CK
3000yen(tax in)
1. EUPHORIA
2. NEVER ENDING STORY
3. 指
4. AMBITION
5. 影法師
6. FIND MY LIFE
7. 傀儡のワルツ
8. DESTINYをぶん殴れ
9. DREAM CASTEL
10. GONE CRAZY
11. FALCON
12. THANK YOU

X.Y.Z.→Alive
2004.2.4 release
ASIN: B00013F6Y6
3800yen(tax in)
DISC1
1.MIRACLE
2.STAND UP FOR YOUR BELIEF
3.LABYRINTH
4.SO BAD!BIG TIME!
5.FASTER!HARDER!LOUDER!DEEPER!
6.PURE
7.真実はどこにある
8.TOMORROW
9.SEARCHING FOR REALITY
10.PROMISED LAND
11.MIDNIGHT TRAIN
DISC2
1.I PROMISE YOU
2.SHINE YOUR LOVING LIGHT ON ME
3.NEVER SAY DIE
4.READY FOR THUNDER
5.HEY!D.J.
6.GO ON!
7.ASIAN TYPHOON
8.生きるとは何だ
9.WHY DON’T YA ROCK AND ROLL
10.DON’T LET THE SUN GO DOWN
interview : t_i n

 
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