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山本恭司  (BOWWOW)


Interview 1/2   Crossroad of 27  (27歳の岐路)
 
  実に穏やかでフレンドリーな人である。怒っている顔が想像できない、と言ったら、「ギターを弾くことで安定している部分が大きいよね」とにこやかに答えた。
インタビューの前半は、“山本恭司にとってのギター"をテーマに、BOWWOWでのデビューまでを追ってみる。

 
 ギターとの出合い 

―そもそも山本さんはいつからギターを弾いてらっしゃるんですか。

音楽に触れるっていうところから始めると、僕がまだ楽器をいじったりする前に、うちでは下の姉がバイオリンやってたのね。で、上の姉は吹奏楽でクラリネットやったりとか、父親も独学で足踏みオルガンとかハーモニカとかを休みのときには弾いてたりとか。だから音楽が溢れてたのかもしれないね、環境としては。
音楽の原体験というと姉の弾いていた「ユーモレスク」とか「ハンガリア舞曲第5番」だとか。ああいったものは今でもはっきり覚えてる。
で、僕も音楽教室みたいなところには通って……2年間くらいかな。
それから聴くことは中学になって深夜放送とか。僕は島根県の松江市なので、ニッポン放送は夜中に入るくらいだったので(笑)、オールナイトニッポンとか聴いてて「あ、格好いい曲が流れてる!」って思ってると北朝鮮かどこかの放送といつの間にか混じってたりして(笑)。で、また微妙にダイヤルを合わせて一所懸命……東京からの情報を(笑)、ラジオで聞いてたね。
それで……そのときはまだ楽器やってなかったんだけど、だんだんロックにも興味を持ちはじめてきて。映画の「ウッドストック」を観たのがいちばん僕にとっては衝撃だったかな。だから映画を観て、確か1週間以内には――


―ギターを?

いやいやいやいや(笑)。箒を持って、理科室のテーブルの上でジャンプしてた(笑)。

―ああ(笑)。

そうしてるうちに、どうしても本物のギターが弾きたくなって。
そうしたら姉が、さっきバイオリンをやっているって言ったけど、マンドリンも持っていて。マンドリンって一応フレットがついてるじゃない。で、マンドリンでTEN YEARS AFTERを弾いていたんだけど、そのうち親戚の家にあったガットギターを貰ってきたんだ。やっぱり弦が6本あったほうがいいからね(笑)。そうやってガットギターでいろんな曲のコピーを始めたんだ。


―それが中学生のときですか。

うん、中3の終わりくらいだね。受験直前だったと思うけど。
それで高校入ってエレキギターを先輩から手に入れて。凄く安い、ぼろぼろのエレキギター。それからはもう、寝ても覚めてもギターを弾いてたね。ご飯を食べてるときも弾いて(笑)、学校に行くときも持っていってた。
この間ね、同窓会みたいなことやったんだけど、そのときに友だちが「恭司はギターのハードケースをいつも持ってきてたよな」って。ケースの中に教科書も入れて高校行ってたからね(笑)。ギターのハードケース1個持って通学してたこともあったんだよね。


―「ウッドストック」には多くのミュージシャンが登場しますけど、山本さんにとって「格好いい!」って思ったのは誰だったんでしょう。

最初観たときにはね、The WhoとTEN YEARS AFTERかな。格好良かったねえ。正直言ってジミ・ヘンドリクスは今ひとつ理解できなかった。

―渋すぎて?(笑)

ん。特にああいう、アメリカ国歌の中に空爆の音とかを再現して……ああいう、ノイズを、ノイズとしてしか受け取れなかったんだよね、ギターをやる前は。

 
で、ギター弾いて1年くらい経ってもう一度……今度はレコードだったんだけど、聴いたときには、鳥肌が立ったよ、その表現の凄まじさに。
ギターのプレイは、ただ譜面に出来るようなプレイじゃなくて、譜面に出来ないような音を使ったりとか、そういう表現を僕はするんだけど、それはジミ・ヘンドリクスから受けた影響があるかなって思うね。ノイズの美しさってあるから。だから僕の曲はコピーしづらいって言われるんだけど、それも解るよね。譜面に収まらないプレイを、ついしてしまうんでね、無意識のうちに。


―それは毎回同じものを……機械的に再生できないようなものを作りたいという意識があるんでしょうか。

うーん、一括りには出来ないんだけど、要は、完全に美しいソロとして、例えば間奏の部分で練りに練ったソロっていうのもあって、それはやっぱり、崩したくないものもある。かといえば気分の赴くままに弾きたいという曲もたくさんある。
だからね、赤と青があって、「おまえは赤だろう?」って言われるのが好きじゃなくって。常に反対側も自分の中に持っているわけ。マイルドな面もあるし、バイオレントな面――は、あんまりないにしても(笑)、そういう、ワイルドな部分もあるだろうし。常にそういう両面を持ってバランスを取っていきたいって思うんだよね。
自分がどういう人間かっていうことも解ってきている中で、バランスっていうのが凄く重要なキーワードになってる。
だから、さっきの話に戻るんだけど、常にどちらかという訳ではなくて、両方好きなんだよ。メロディをちゃんと綺麗に奏でるということも魅力だし。ただ、決まった譜面通りに弾いたとしても、同じプレイになることは絶っ対にないから。
ギターって、ほら指盤があってフレットがあって、それを指で押さえる訳だから、ちょっと押さえ方が変わることで1Hzくらいシャープするわけ。
ピアニストが調律に凄く気を遣ったりするじゃない。Aの周波数を442にしたり441にしたり440にしたり、その1Hzで自分にとっては大きく変わってくる訳じゃない。ギターなんてもっとアナログなものだから、本当に押さえ方ひとつ、弦を押さえる位置が1ミリずれたら3Hzくらいは変わってくる。それくらい繊細で微妙な楽器だからね。
だからこそ、延々弾いてても飽きないし、より奥深さを知っていく訳なんだよ。

―まだまだ知り尽くしてない感じがするんでしょうか。

うん。と思うね。結構判ってきたと思うんだけど(笑)。自分なりに随分解っていると思うんだけどね。でもね、解っていても、それを完璧にコントロールしきる、というところには多分一生行けない。ギターもひとつの人格を持った他人とも言えるからね。偶然性に凄く左右される楽器だし、だからこそ意思が通じ合い、二人で思ったとおりの音が出せた時には大きな感動がある。人と同じなんだよね。
 
―弾いている方の生身の部分と、楽器が持つファジーな部分が相互に作用する感じですか。

そうだね。それプラス、これはギターに限らないんだけど……いや、ミュージシャンにも限らないんだけど、色々な表現をしていくうえで、絶対に人間性が出る訳じゃない。
例えば、ライターとして文章書くにしても、自分の性格のいいところ悪いところ全部が文章の中に見えてきたりしない?


―……えーと(笑)。

絶対そうだと思うんだよ。で、人間って生きてれば毎日変わるよね。少しずつは。そう思うとね、毎時間、毎分変わると言ってもいいかもしれない。こうやって話していることで、5分前と今とは微妙にね、気持ちの持ち方が違うだろうし。プレイもそういうふうに変わっていくんだよ。まあ、そこまで言っちゃえばすべてが……。

―無限に。

そうだね。


 エレキギターを手にしてから 

―高校時代は学校の中でバンドをやっていらしたんですか?

そうそう。

―部活みたいな感じで?

あとは、色んな高校の奴が集まって「やろうか」みたいな。高校の頃からセミプロというか……ダンスパーティーみたいなのがあって、月に1、2回はそこで演奏してたかね。あの頃はまだ、ディスコ・ブームとかの前の話。踊りに来る人は要は密着したいだけで、多分(笑)、例えば僕らがツェッペリン――それも“Dazed And Confused”なんて絶対にダンスになんか合わないんだけど(笑)、それでもチークを踊っているという(笑)。面白い時代だったよね。

―じゃあ、ダンス向けの音楽をやれではなくて……。

いやあ、もう、好きなものやってた(笑)。当然他のバンドとかは、ある程度意識した……当時、ベンチャーズは終わってたんだけど、そういうのをやったりとか、まあ、判りやすいリズムの、乗りやすい音楽をプレイしてたけどね。
僕らはツェッペリンとかパープルとか、自分たちの好きなものをやってて。で、ダンスに来る以外のお客さん、つまり僕らの演奏を見に来るお客さんがだんだん増えてきたんで、好きなことをやっても許されてたんだろうね。完全にダンスだけのものだったら、僕ら直ぐにクビになってたと思うから(笑)。それでも人が集まってきてたから、ある種セミプロみたいな活動だったんだと思うよ。

―ダンスホールではなく、もっと別の場所で演奏したいとは思わなかったんでしょうか。

もちろん思うよ。でもね、実際、ギターさえ弾ければよかったの、どこでも。それも人前で弾ければ。そうやって人前で弾いて、認められることが嬉しくてしょうがなかったんだろうね

―初めて人前で演奏したのっていつですか。

高校1年のとき。

―持ったら直ぐ、なんですね。

そうだね。自分で言うのも何だけど、割と直ぐに弾けるようになったんだ。まあ、凄く練習もしたんだけど。だからギターを持って半年後くらいには最初のライヴをやってたはず。

―10月に同窓会みたいなライヴをやったと仰有ってましたが、その頃の仲間が顔を合わせた感じですか。


うん。みんな上手かったよー。

―色々な方にお話を伺っていて思ったんですが、ロックが育ちやすい土壌と育ちにくい土壌があるような気がするんですね。松江はどんな 感じだったんでしょう。

松江はね僕が思うに、凄いレベルが高かった。ロックのことに詳しい人も――それはMGっていう喫茶店に集ってて。MGの話って佐野史郎とかもよくしてるんだけど、例えば佐野がMGでどんな音楽をかけていて、どんなことを学んでって話を名のあるミュージシャン達にすると、「そんな進んだ世界は東京でも珍しい」と言われたって言ってね。だから、誰のアンテナが凄かったのか……まあ、集まってくるお客さんも「こんなの見つけたよ」ってレコードを持ってきたりするし、あっちゃんっていう、MGの……ママさんっていうのかな(笑)、彼女のアンテナも凄かったし。そういう情報が豊かだったし、演奏面もね、本当にみんな上手かった。
東京に出てきて、「え、松江のほうがレベル高いかも」って思ったくらい。
―ちょっと拍子抜けする感じでしたか。

みんなに「東京には凄いミュージシャンがいっぱいいて、おまえなんか井の中の蛙だよ」って言われてて、「ふん!」とか言いながらも、心のどこかできっとそうなんだろうなぁと思ってたんだ。でもね……いや、確かにスゴイ人とか沢山いるよ。素晴らしいミュージシャンいっぱいいるけど、思ってたほど……なんというか、高校生クラスからみんなが凄いのかなって思い込んでいたから。

―ああ、完全に根づいていると思っていらしたんですね。

そうそう。田舎に住んでて東京をイメージすると、てっきりそういうものだと。だからねえ、松江は、やはりなかなかレベルが高かったんだなって今でも思うね。色んな意味で。

―最初にロックに触れたのが映画やラジオだとしても、そこから先のアンテナや根の張り方を考えると、非常に恵まれた環境ですよね。


そうだね。そのときに友だちから得た情報だとか、本当に貴重だね。知らない世界をいっぱい教えてもらったもん。僕ひとりだったら、ウッドストック、パープル、ツェッペリンくらいで止まってたかもしれない。そういや、ツェッペリンも佐野が教えてくれたんだよね。あと、フォークの良さっていうのも教えてもらったよね。だから、この間の松江でのライヴで、大御所の人たち、例えば高田渡さん、エンケンさん、友部正人さん、ディランU、鈴木茂さんらの演奏を聴き、一緒にステージをやれて凄く嬉しかった。
自己主張してくれる音楽が凄く好きだったの。あの頃のフォークの人達の個性って半端じゃなく強力だよね。

―昔のフォークソングって凄いですよね。なんでこんなに暗いというか、現実を突きつける音楽というか。

うんうん。岡林(信康)とかね。
悲しい歌詞で悲しい歌をうたって、みんなで感傷に浸るのがまた楽しいというか(笑)。みんなで感情を共有するような喜びがあった時代だからね。もう、どこまでも悲しくなりたいというか(笑)。今はあんまりないね、そういえばね。みんな楽しくなろうよっていうのが多い感じがする。
部落問題とかね、昔の日本映画の暗さをそのまま曲として表現したっていう、そういうのがあったよね。あれは日本人が昔から持っている文化というか、土壌として受け入れやすいものを持っているからね。

―ネガティヴなものをネガティヴなものとして受け入れる、という。


否定せずにね。で、「悲しいよお」って(笑)。
 
山本 恭司
3月23日生まれ。島根県出身。
'1976年ハードロックバンド・BOWWOWでデビュー。VOWWOW、WILD FLAGを経て1998年、15年ぶりにBOWWOW再結成。並行してソロ活動、セッションも積極的に行っている。
BOW WOW
G&Vo 山本恭司
G&Vo 斉藤光浩
Ds. 新美俊宏

CD Information
「TIME」
2004.12.24 Release
MARS
(MARS-7779)
 \3,000(tax in)
1. Everything Has Its Own
  Seasons
2. Rapid-fire
3. River Of Time
4. Traveller
5. Inishie
  〜Spirit Of The Earth〜
6. Timeless
7. Generations
8. Dream In Peace
9. Time
  〜I Have Seen Everything
  And I Want To Tell You
  Something〜

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12/23 (木・祝)
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2005年 1月23日 (日)
 渋谷duo
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 (レコ発ライヴ)
   
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