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仲野 茂  ( ゲタカルビ/アナーキー )


Interview 1/2   Crossroad of 27  (27歳の岐路)
 
  コワモテ、を想像していたのだが、どうしてどうして、非常に にこやかなので驚いた。話が脱線して、馬が話題になると目が輝く。
インタビュー前半はスキー少年だった子ども時代から、アナーキーのデビューまでをお送りする。
 
 スキーと少年時代

―仲野さんは東京のご出身ですか。

東京で生まれて、小学校の2年に埼玉に引っ越して。大宮に行って浦和に行って、で、今はまた東京に住んでます。で、和光市にある高校でアナーキーのメンバーに出会ったの。

―お子さんの頃のお話を伺いたいなと思っているんですが。

子どものときの話? 忘れちゃったよ(笑)。

―ご兄弟はいらっしゃるんですか?

ふたり妹が。

―ああ、じゃああまり喧嘩にもならなさそうですね。

いや、した。したというより、苛めた。言うこと聞かすために(笑)。

―じゃあ、家庭内に君臨してる感じですか?

妹ふたりだからね。俺の世代っていうのは、まだ長男がもてはやされてたから。まあ、いちばん初めの子どもだったからっていうのもあるだろうけど。

―ステージの仲野さんを拝見する限り、かなりやんちゃなイメージですが、その芽はあったんでしょうか。

(笑)どうなんだろう。あったかもしれない。でもまあ、あまりそういうところでは変わってないかもしれない。悪戯好きだし、苛めっ子だったし。

―ガキ大将タイプ?

いや、ガキ大将は他にいた。俺の親は国鉄マンだったんだけど、埼玉に越したときに官舎にいたんだよね。そうしたら、その官舎に住んでる5〜6年と一緒に遊ぶようになるでしょ。

―ああ、そこに特有のコミュニティとかありますよね。上級生が面倒を見る、仕切る、みたいな。

で、そういうやつが学校行くと案外冴えなかったりするんだよね(笑)。俺は年下だったから。


―仲野さんは年下に慕われるイメージがあるんですけど、年長者ともスムーズにつき合えるタイプだったんでしょうか。

厭も何もないからね、実際上級生がいる訳だし。

―音楽は聴いてらっしゃいました?

聴いてたよ。歌謡曲。ラジオから。歌謡曲好きだったしね。

―例えば?

南沙織。俺小学校3回変わってるんだけど、東京、大宮、浦和って。6年の2学期に転校したりして。中学のときに転校すりゃいいじゃんって思うんだけど。で、そのときに送別会をやってくれて、友だちが。で、「何が欲しい?」って聞かれたんだけど、俺そのとき平山ミキの「真夜中の出来事」か南沙織の「17才」かで悩んだんだもん(笑)。今考えたら平山ミキのほうがよかったんだけど、曲も数段ロックっぽいし。でも「17才」貰っちゃったんだよ。まあ、そのときは何も考えてないしね。

―かなり聴き込んだんだんですか?

どうだろう、覚えてないな。
実は小学校のときってスキーやってて。中学3年くらいまでは真面目にやってたんだよ。

―スポーツ少年。

うん、そうだけど。学校では、ソフトボールだと補欠かな。俺は今もそんなに大きくないけど、中学校くらいまではちっちゃかったし。やっぱり大きいやつのほうが。でも、水泳大会とかは好きだったね。こんな話するの照れくさいよね(笑)。小学校のときに市の大会とかにも出たんだけど、1位にはなれなかったね。

―それってジレンマになったりしました?

いや、全然。そりゃ一等賞を目指してはいるんだけど。まあ、スキーの大会に出て負けて帰ってくると「道具が悪い」とか言うクソガキだったから(笑)。でもあるとき、中学2年のときかな、競技用のスキーとか全部揃えて貰って、で、それまでどうしても勝てないやつがいたんだけど、結局勝てなかった。

―負けん気強いほうですか?
どうだろうね、あんまり強くないんじゃない? あんまり努力家だと思わないもんね、自分のこと。3歳くらいからスキーやっていたから、物心ついたときには滑れたし。中学のときに1級まで取っちゃったから。

――未だになさるんですか?

いや、高校になって、バイク乗りはじめたから(笑)。

―じゃあ、中学までは健全なスポーツ少年?

健全じゃないよ。だって冬になると学校行かないでスキーに行っちゃうんだから。ずる休みのつもりはなかったけど。俺はよく覚えてないんだけど、その頃の同級生はよく覚えてて、「仲野はスキーやるからしょうがねえよな」って、公然と休んでたらしいから。俺らの時代っていなかったからね、スキーやってるやつなんて。まあ、登山家と一緒だよ。朝早いし。

―仲野さんの場合は幼い頃からスキーやってらっしゃったわけですけど、始めるのってなにかしらのきっかけがないと有り得ないですよね。

そう、道具も高いしね。だからいつも母親に文句言われてたから。父親のお古で俺がレース行って負けて帰ってくると「道具が悪いから」って言って親子喧嘩してたから。

―ああ、スキーはお父さまの影響なんですね。

小さいときは一緒に行ってたしね。中学のときはひとりで行ったり、スキークラブ入ってたからそのクラブで行ったり。

 ロックと高校時代

―その頃はまだロックとか聴いてないんですよね。


全然。関係なかったね。

―じゃあ、高校に入ってから?

んー、中学かな。

―仲野さんの中学時代だとキャロルとか?

いや、キャロルはあんまり好きじゃなかった。それまで俺にとって音楽は歌謡曲で、ロックってもっと大人のものだと思ってたんだよね。音楽をやるのは、ちゃんと勉強したりするもんだと思ってたし。3歳くらいのときにピアノ習わされてたらしいんだけど記憶にないしね。で、フォークが流行ってたから、かぐや姫とかアリスとか。そうしたら友だちに泉谷しげる聴いてるやつがいて、「黒い鞄」聴いて「え、こんなのでいいの?」って思ったんだよ。「こういうのなら俺でも作れるんじゃない?」って。で、そのあと頭脳警察をラジオで聴いて凄い衝撃だったんだよね。こんなこと言っちゃっていいんだって。ロックって格好いいって。勿論、ハードロック全盛のときだから、Led Zeppelinとかも聴いたけど、英語は判らないからカッコはいいけどって。

―仲野さんの場合、音楽聴くときは言葉が先ず入ってきますか?

そうだね。最初が頭脳警察だったし。あと外道が好きで。日本のロックが好きだったから、野音とかに観に行ったり。イベントも当時はよくやってたからね。

―コンサートを観に行くようになったのはいつ頃ですか?

中学の終わりのときに、大学の文化祭を観に行ったのが最初かな。どきどきしたねー。外道って、今のアナーキーみたいに親衛隊がいて、外道モーターサイクルクラブっていうのが応援してて。暴走族とかとはちょっと違うんだけど、俺からすると同じように見えて。「やられちゃうかな」って怖かったんだけど、でも観たいしって。
だから中3のときの外道が最初。頭脳警察は観に行ったのに、ライヴやらないし(笑)。

―その頃ってまだご自身が音楽をやろうとは思ってないんですよね。

うん、全然。

―音楽始めたのは、高校のときですか?

いや、中学のときにバンドはやってたんだよね。クラスメイトと。文化祭でコピーバンドを。クラス全員でやる訳じゃないから、有志が集まって。そこに可愛い子がいて、そのグループに入れば近づけると思ったの(笑)。で、俺の友だちに兄貴がいてギター上手なやつがいたのね。で、俺ギター弾けないんだけど弾けるってことにして何とか中に入れるようにしてくれって。そうこうしているうちに親戚の家からエレキギター貰ってきたんだけど、俺全然練習しないから、全然上手にならなくて。

―いきなりエレキ始めちゃったんですか?

家にお袋のガットギターがあって、コードくらいは習ってたんだよね。でも、全然駄目。先ず練習するってことが出来ないんだから(笑)。

―中学のときは仲野さん歌ってらしたんですか?

うん。なるべく簡単そうなのを選んで。Grand Funk Railroadとかもやってた。今考えるとなんでこんな選曲したんだろうっていうような(笑)。バンドには恵まれなくて、ドラムもいないし、ベースちゃんとやるやつもいないしで、気がついたらふたりになっちゃって。で、高校に上がったときも……その友だちとは高校別なんだけど、もうアナーキーの母体みたいなのはあったわけ。3人の。3つバンドあって。で、俺たちメンバーがいないから、自分たちでコンサート企画して、そいつらを呼んで、ベースとドラムを借りてたの。 
―高校に入って直ぐにコンサートの企画ですか。

うん、浦和はね、浦和ロックンロールセンターっていうのがあって、意外にロックが盛んだったの。だから、その当時は知らなかったけど、ホッピー(神山)とかもバンドやってたし、shake(木暮武彦)もいたし。shakeとは最近結構付き合いがあるんだよね。

―ああ、富士に移られてから。

そうそう。話が飛んじゃうんだけど、俺15年くらい前からあっちに遊びに行ってたんだよ。役者の宇梶剛士っているじゃん、あいつと遊びに行って、向こうの人と知り合いになって。それから暫く行かない期間があったんだけど、その間にshakeが近所に引っ越してきてて。だから、最近は近所付き合いしてるみたいな感じ(笑)。De+LAXのヒデキもそうだし。あいつは「村の過疎化対策に嵌った」って言ってるけど(笑)。俺が居候している家の人も知り合いだし。俺は暇人だから、長期滞在できるんだよ。時間があればあっちに行っちゃう。そういえば乗馬クラブがあってね、前は乗馬って敷居が高いイメージだったんだけど、そこでは世話もさせてくれるの。凄く……なんて言うのかな、乗るだけじゃないっていうのが楽しい。自分で言うのも何だけど、巧いよ。30過ぎて乗馬始めたんだけどね。

―浦和ロックンロールセンターというのはイベンターみたいなものですか?


んー、自分が入ってた訳じゃないから巧く説明できないんだけどね。浦和ロックンロールセンターが主催で、浦和と志木の間にある秋ヶ瀬公園っていうところでオールナイトのイベントがあったんだよね。で、それに頭脳警察が出るっていうから凄い楽しみにしてたのに、頭脳警察出なくてがっかりしちゃったんだよ。PANTAに会ったときにその話したら、「何となく気が乗らなかったから」って言われて、それから会うたびに「俺の青春時代を返せ」って言ってる(笑)。

―あれ、頭脳警察を結局観ていらっしゃらないんですか?

ない。当時の、TOSHIとPANTAのふたりっきりのはね。

―じゃあ、仲野さんがその頃積極的に観に行ってたのは外道?

そうだね。でもほら、イベントだから、外道が出たりクリエイションが出たりカルメン・マキ&OZが出たり内田裕也が出たりしてた訳。ROUGEとかハリマオとか。

―仲野さんがやってみたいと思ってらしたのは、どういうものですか?

俺? そりゃあ外道みたいなトリオもやってみたいと思ってたけど、俺ギター駄目だし。如何せんダサイ高校だから。浦和って、勉強ができればできるほど自由なんだよね。レベル低い高校ほど厳しくなってさ。俺はもう勉強できなかったから。武蔵野線が開通して和光に行けるようになって、俺は公立高校に行かなきゃいけなかったから。というのも、公立入ると賞金が出るっていうから(笑)。で、担任に「俺が入れる高校探してこい」って言ったら和光高校があるよって。

―勉強が嫌いだった?

嫌いも好きも、できねえんだもん(笑)。あんまりできないから、中3のときには家庭教師つけられて、それがまた厭で家に帰らなかったりしたんだもん。

―高校は楽しかったですか?

あんまり楽しくなかったなあ。もっと自由だと思ってたら、髪は耳にかかっちゃ駄目だとか。高校行ったらロン毛にしてエレキを弾くって思ってたのに。俺はロン毛じゃなきゃエレキ弾いちゃいけないと思ってたから(笑)。やっぱ夢はロン毛とロンドンブーツと毛皮っていう。生まれて初めて観に行った外タレってKISSだからね。武道館で、そのときの前座がBOW WOWだった。
で、高校3年に進級できないかもってことになって、面倒臭いからやめちゃった。


 

 

仲野茂
1月2日東京都出身。1980年 アナーキーとしてデビュー。1986年 「THE ROCK BAND」と改名し、活動停止。
その後、仲野茂BANDとして活動。1996年からはアナーキーとして再始動するが、2001年に活動休止。現在はゲタカルビとして活動中。

ゲタカルビ
Vo: 仲野茂
Gr: ゴロー
Ba: SAMON

Live Infomation

12.10

新宿NAKED LOFT
12.24 三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
01.21 新宿LOFT

ANARCHY
Vo: 仲野茂
G. 藤沼伸一
B: 寺岡信芳
Dr: 名越藤丸

DVD Information
ライブ帝国DVDシリーズ 『アナーキー』
2005.1.1 release
JPBP-13038
3150yen(tax in)
1. ノット・サティファイド
2. 季節の外で
3. 団地のオバサン
4. ジョニー・B・グッド
5. ホワイト・ライオット
6. 安全地帯
7. タレント・ロボット
8. ヒーロー
9. 叫んでやるぜ
10. カシム
11. シティ・サーファー

 
   
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