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木暮 武彦  ( psychodelicious )
Interview 1/2   Crossroad of 27  (27歳の岐路)
 
待ち合わせの公園で、木暮武彦はギターを弾いていた。それがあまりにも自然で、声をかけるのを躊躇った。
どうしようもないほどに止まらない感情を、彼は「犬のような気持ち」と表現する。インタビュー前半は、感性を広げて様々な「犬のような気持ち」に触れていった少年時代を中心に送る

 少年時代
―お生まれは杉並とのことですけど、育ったのもそうなんですか?

俺がね、生まれる前とか直後は引っ越しばっかりしてたらしいんだよね。うちの親が夜逃げしてたんじゃないかって思うんだけど(笑)。お祖母ちゃんの家に住んでたこともあるんだけど。物心ついたときに住んでたのは川口。

―画家になる気だったというのはその頃ですか?

それはね、小学校上がったくらいじゃないかな。

―何かを作ったりするのが好きなお子さんだったんですか?

絵を描いたりするのは好きだったんだけど。目の前で絵を描いてるのを見て凄く吃驚しちゃったんだよね。お祭りの屋台で一筆で龍を書いてるのを見たんだよ。太い筆にいろんな色の絵の具がついてて、一筆で龍の絵ができあがるのを見て、それがやりたい訳じゃないんだけど絵を描きたくなったの。それまでは鉛筆で鉄人28号の絵とか描いてるだけだったんだけど。
小学校2年生くらいのときかな、自意識が出てきたのって。タイガースが好きになって、それをきっかけにして加山雄三とかカルメンマキさんとか好きで見てた。


―音として最初にインパクトがあったのはGSなんでしょうか。

GSというよりタイガース。音だけじゃなくて見た目も。凄いアピールがあったんだよね。「君だけに」とか指さす姿とか観て、「おおっ!」って(笑)。

―それはテレビで観てショックを受けているレベルで、レコードを買って聴こうまではいかないんですよね?

全然いかない。そんなお金ないもん(笑)。お小遣い一日10円だもん。母子家庭で。
音楽もよかったけど、テープレコーダーがうちにあって、テレビからタイガース録音したり。あと、俺が帰ってきて寝るまでお母さんは仕事してたから、テープレコーダーに童話を読んで録音しておいてくれたの。それを帰ってきて聴いてた。
それがなんというか、イメージが広がってさ。タイガースって何だか現実的だったんだけど、童話って空想の世界で、四畳半の狭い部屋が凄い広い綺麗な世界になっちゃうんだよね。それが現実になっちゃってるの、自分の中で。子どもだからさ、目の前にあるものと混同して区別つかなくなっちゃう。それから、1〜2年経ってから、これとこれは違うものなんだって判ってきたというか。
その頃の訪問販売かなにかでね、童話集みたいなのがあったんだよ。それを欲しそうにしてるように見えたんじゃない。俺、あまり本とか欲しいと思ったことないんだけどさ(笑)。それで買ってくれたんだよね。


―記憶に残ってる話ってあります?

殆どないけど、「水の子トム」っていうのがあってさ。内容は覚えてないんだけど、俺のイメージで残ってるのは子どもがさ、ヨーロッパの田舎のところで何かを探しにいくんだよね。森の中歩いて、川に出たらその水飲んで。そういう子どもの冒険。何の話だったかは全然覚えてないんだけど。

―それは小学校低学年くらいですよね。

うん、2年か3年くらいまでの話じゃないかな。

―色々な影響を受けたという従兄の方と一緒に暮らしはじめるのはその先ですか。

そうだね、5年生くらい。
―じゃあ、それまでは所謂鍵っ子ですね。

いちばん最初は……これ言うとイメージがちょっとアレなんですけど(笑)、中学のときにアリスが来たんですよね。まだそんなにメジャーでもなかった頃で。で、結構ラジオっ子だったんですよ。谷村慎司のセイヤングとか聴いてて。で、観に行ったんです。ギター2本とコンガで。そのときにいいなって思って。

―そのとき惹かれたのは歌ですか、リズムですか?

うん、でもね、お袋さんの兄貴がいて、その兄貴の家族が同じ所にいたんだよ。最終的にいたところっていうのは、お祖母ちゃんが建てた1階が住宅で2階がアパートになっているところの、そのアパートにいたの。だから多分家賃払ってなかったんじゃないかな。アパートっていっても玄関ひとつで靴脱いで上がっていくタイプの共同アパートだから鍵もないしさ。だから鍵っ子ではなかったね(笑)。
―じゃあ、大家族みたいな感じだったんでしょうか。

でもひとりだったよ。ご飯も用意してあったのをひとりで食べて。そういう環境だから心配はなかったんだと思うけど。

―やんちゃなお子さんだったのかと思ってました。

おとなしかったね。例えばどこかの庭で「ここで遊んでなさい」って言われたら、ずっとそこで遊んでるような子供だったって。絵を描いてたら描きっぱなしで、そこで眠って、起きたらまた描いてっていう。

―手のかからない子どもだったんですね。

うん、そうだね(笑)。

―ギターを教えてくださったのが従兄の方なんですよね?

従兄って言ってたけど、本当は血が繋がってないのね。母子家庭の親同士が仲良くなって、一緒に暮らそうってことになって。あまりにも悪いことばかりやってたから、俺(笑)。

―いつの間に?(笑)

小学校の高学年だね。最初はその姉弟と一緒に暮らしてたんだよ、夏休みの間だけね。一緒にいれば寂しくないんじゃないかって親の浅い読みでさ。ところがそこがもう不良のたまり場になってて。煙草は吸うわアンパン吸うわ、夜中ずっと起きててロック聴いてるわで。

―それ、小学生ですか?

向こうは中学生。それで一気に万引きと煙草とロックの世界に入って。それがまだ小学生のときだよね。
―ある意味、龍の絵を見るより強烈なインパクトが次々入ってきちゃったわけですね。

うん……思えば幾つかのきっかけってあるよね。映画観たとか。あと、カブスカウトでクリスマスのときに教会で歌うたったりとか、そういうのがよかったよね。凄く残ってる、今も。


―悪さもするし、そういうこともする。それが当たり前のように並列であったんですか? それとも、悪いと思ってなかったとか。

いや、思ってたよ(笑)。だからそういう時代からいきなりそっちに行っちゃったんだよ。カブスカウトやってた頃はそれだけだったし。賛美歌うたったのは気持ちよかったよね。凄く綺麗になる感じがあって。


―それがいきなり煙草とアンパンの世界に行っちゃうんですか。
元々は一緒に万博に行ったんだよね。大阪の。それも凄くよかった。初めて外国の文化を目の当たりにしたしさ。
それに一緒に行ってからなんだよ。新たな時代が始まって(笑)。もっと広い、自由な世界があったんだよね。洋楽とか。


―そのいいことも悪いことも教えてくれた方は年上なんですよね?

2級上。

―最初にどんな音楽聴かされたんですか?

いっぱいあったよ。"Let It Be"とか"明日に架ける橋"とか。そんなにマニアックじゃなくて、その頃ヒットしてるもの。あとは"夢のカリフォルニア"とか"二人の天使"とか。

―覚えてらっしゃいますね。

うん、身についてるんだろうね。

―そういうふうに聴く音楽と、テレビから流れてくる音楽というものは別のものだったんでしょうか。

目に見える世界と、もうひとつ別の、想像の世界……想像じゃないな、目に見えない別の世界。広がりだよね。なんていうのかな、無限を感じるというか。

―音楽をやってみようってなったのは、どういうきっかけだったんですか?

やっぱりその人から。「教えてあげるから」って言われて、いやいや(笑)。

―厭だったんですか(笑)。

なんか気障な感じがしたんだよね、楽器を弾くっていうのが。その当時さ、白いフォークギターとかあって、ギターって弾きながら歌って彼女に聴かせるものってイメージが俺の中にあったの。やだなーって(笑)。

 
 
 
木暮"shake"武彦
3月8日、東京都出身。
レベッカ、レッド・ウォーリアーズ、カジノ・ドライヴを経て、現在psychodelicious及び深空で活動中。
psychodelicious
holly mountain jam
G 木暮 武彦
B サミー
Ds. 柏原克己

深空
G 木暮 武彦
Sn 三国義貴


CD Information
ミドリ色の記憶
2005.3.15 Release
\2,000(tax in)
1.FLOWER STONE 
2.GREEN ICE 
3.死にかけて 
4.クロワゾニズム 
5.緑の部屋 
6.Maai 
7.KANDENSKY

Live Infomation
6/19 下北沢440
7/8 初台DOORS
9/10&11
河口湖ステラシアター
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